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千葉ロッテマリーンズ投手/渡辺俊介(わたなべ・しゅんすけ)
1976年8月27日生まれ 28歳
栃木出身
國學院栃木高〜國学院大〜新日鐵君津を経て2001年ドラフト4位で千葉ロッテマリーンズに入団。
新日鐵君津入社後に頭角を現し、シドニーオリンピック日本代表としても活躍。
ルーキーイヤーに2勝した後、2003年シーズンに9勝、2004年シーズンには自身初の2桁勝利となる12勝を挙げる活躍をみせた。
2005年8月21日現在、13勝3敗、防御率2.30の好成績で優勝争いを演じるチームを支えている。 |
第一章 眩惑
"プロ野球改革元年"となった今年、シーズンの話題を引っ張ったのは東北の新球団でも九州の常勝球団でもなかった。
セ・リーグとの交流戦 初代王者にして、31年ぶりの悲願達成に突き進む『千葉ロッテマリーンズ』
間違いなくその牽引役となっている、「サブマリン」渡辺俊介投手。
世界一低い位置から繰り出すボールは、並みいるパリーグの打者たちを翻弄し、勝ち星・防御率ともに、チームトップを走り続ける、異色のエースである。
沈み込むアンダーハンドから放たれるボールは、這い上がるような軌跡を辿って、キャッチャーミットに収まる。そのボールに、パリーグを代表するバッターも、コースを読み違える。
異色ずくめのエース・渡辺俊介、最初に注目されるのが、そのストレートのスピードである。
現在のプロ野球では、速球といえば150キロ、160キロ台を巡る攻防戦である。ところが、渡辺のストレートはわずか120キロ台。時に100キロを下回ることさえある。
それなのに、渡辺の投球に挑み来くる打者たちのバットは空を切るばかり。そこにはどんな秘密が隠されているのか?
驚くべきしなやかなアンダースローにより、地上わずか5センチほどの高さからボールを放つ。手が下に着いてしまうのではないか、というスレスレの高さなのである!それが、彼のボールが打たれない秘密。
彼の投げるボールは、まさに地上から這い上がってくるような軌跡をたどり、それが打者を眩惑する。
マウンドからホームベースまでの距離は、18・44メートル。渡辺の投球は、その距離を、下から駈けのぼってゆく。オーバースローの投手が投げるラインと、ちょうど天地対称のコースである。
地上スレスレ、わずか5センチの高さからリリースされたボールは、バッターの胸元まで駆け上がるように伸びてくる。
また、彼の言う「前後の幅で勝負する」とはどういうことか?投球フォームを並べて比較してみると、その秘密が判る。打者が見送りボールとなった球と、同じコースで空振りにとった球。セットアップから足を上げるまではまったく同じタイミングである。次に投げ出すために足を踏み出すと、一方はもうボールを投げはじめているのに対し、もう一方は、一瞬遅らせた。
バッターから見れば同じ動作で、ほんの0コンマ何秒ではあるが、タイミングをズラして投げていたのである。
同じ投球を、バックネット裏から捕らえたスーパースロー映像で確認すると、0コンマ何秒かの差が、バッターを眩惑の淵におとしいれている事がわかる。
アンダースローはもともと、日本人が発明した投球フォームだと言われている。その優雅なフォームは憧れを集め、数々の名投手が登場した。しかし注目を集めたアンダースロー投手は、90年代半ば以降、数がめっきり減ってしまった。
そんな中、久々に登場した本格的アンダースロー投手・渡辺俊介。目を見張るのは、地上5センチから繰り出されるボールの軌跡。さらにボールを離す、リリースの瞬間に、驚異の秘密があった。
他のアンダースロー投手と比較してみて、渡辺のリリースポイントは非常に前だ。オーバースロー投手と比較しても、より前でリリースしている。
より前で投げているということは、よりバッターに近いところで投げているということ。この50センチの差を馬鹿にはできない。マウンドからホームベースまでの距離は18.44メートル。120キロのボールでも0・55秒で到達する。50センチ前で投げられれば、バッターが体感するボールの速度は、実際の速度より、かなり早く感じる。
アンダースローはスピードを出しにくい投法。決して速くない120キロの渡辺のボールは、バッターにとって馴れない軌跡を辿り、同じフォームでタイミングをズラされ、さらに、50センチも前でリリースされるので実際の速度より速く感じてしまう。渡辺俊介は、バッターを惑わす、幻術師のようなピッチャーなのである。
また、アンダースローは、左バッターに攻略されやすい投法だと言われてきた。しかし渡辺は、"前後の幅"でタイミングをズラしてバッターを眩惑し、打ちにくい球を投げることで攻略している。こうやって左打者でも右打者にでも、オールマイティーに通用するアンダースローを完成させたのである。
その、オールマイティーなアンダースローを可能たらしめているのは、普通の野球選手にはない、身体のあらゆる部分が異様に柔らかく、驚異的なほど腕がしなるという驚異の身体能力にあった。この柔らかさが、このフォームをバランスよく保持できる理由だ。
渡辺はプロ野球選手にしては、異様に腕が細い。トレーニングは筋肉を増強するためではなく、あくまで現状維持のためのメニューをこなしている。この、ムチのようにしなる腕からボールが放たれると、バッターには、腕を振りきったあとからボールが飛び出してくるように感じてしまうのだという。タイミングの合わせようのない投球に見えるのである。
自分の持っている全ての特徴を使って、これまで誰も成し得なかった独自のアンダースローを完成させた渡辺俊介。しかもまだ、刻々と変化を続けている驚異の「サブマリン」は、まだまだ攻略されそうもない。
第二章 訣別
シーズン中の、つかの間のオフ。渡辺は、奥さんと子どもを連れて、散歩を愉しむ。2歳の一人息子が、近頃の渡辺のパワーの原動力だ。
一球一球が問われてしまうプロ野球の投手。邪念のない子どもの表情を見ていると、さまざまに錯綜する思いも、ふと消し飛んでしまうのだ。
6歳で始めた野球。大好きだったが、いつもベンチを温めているばかりだった。中学に入っても控えの三番手ピッチャー。このままでは、出番が巡ってくることもなさそうだった。
そんな時、学生時代は野球選手だった父が見兼ねて、特色のあるピッチャーを目指せと、アンダースローへの転向をすすめた。渡辺はそのとき、本格派速球投手への夢と訣別した
取り憑かれたように黙々とシャドーピッチングを繰り返し、そして苦労の末、低い軌道のアンダースローを身につけた。
それでも高校に進んでも二番手のピッチャーだった。大学でも好きな野球は辞めなかった。そして、3年生の時、待ち望んだチャンスが巡ってきたのである。
スカウトのために練習を見に来ていた当時の新日鐵の應武監督が、渡辺の中に眠っていた資質を見抜いた。まだ完成していない、原石のような、荒削りなところが渡辺の魅力だった。磨き方次第で、この男は伸びる!
試合に負けても、渡辺は使い続けてもらった。そして、折に触れ「お前は、エースなんだ」と言われたのだ。自信と自覚を持ち始めた渡辺は、シドニーオリンピック日本代表選手に選抜され、強豪・キューバ戦の隠し球の投手として起用された。
そして、夢にも思っていなかったプロ野球への道が拓けた。ロッテからドラフト4位で指名を受け、入団。今年で5年目を迎えた現在、チームで勝ち星トップを行くスター選手らしからぬ、慎ましい生活ぶり。奥さんは、この成功をまだ実感できていないらしい。
プロ入り1年目は、なんとか2勝を挙げることができた。しかしそれから2年間、二軍暮らしが続いた。そして、3年目を迎えたシーズン序盤のオリックス戦。最後の登板から1年以上もあいた久しぶりの先発だったが、結果は惨憺たる負け。完全なるノックアウトだった。これで野球人生は終わったのかもしれない。そう思った。
野球人生のラストチャンス。それまで渡辺は、変則アンダースローと思われるのが嫌で、140キロを超える速球を投げようと躍起になっていた。しかしそれでは、プロには通用しないことが身にしみて判った。「スピードは捨てよう。」技巧派と言われてもいい、アンダースロー投手の持っている、いいところを伸ばそう。そこで勝負を賭けよう。生き残るために、速球勝負の投手という理想と、訣別した。
運命の日は雨。
速球と訣別した渡辺は、低い位置から繰り出す、読みづらい球・打ちづらい球を投げる技巧派に転身していた。
新生・渡辺俊介 誕生の瞬間!
渡辺はこの年、9勝を挙げ、以降の快進撃がはじまったのである――
第三章 31
1974年、その年、巨人の十連覇を阻止した中日と争った日本シリーズで、ロッテは見事、日本一の栄冠に輝いた。
あれから31年。
今年ロッテは、31年ぶりの悲願に向けて、邁進している。渡辺俊介は、その牽引役としての重責を担っていた。
今日、渡辺は先発する。この先は、悲願の優勝に向けて、1つのゲームも落とせない。
そんな頃、栃木の渡辺の実家では、思いがけず、ちょっと懐かしいものが出てきた。渡辺が子供のころ大好きでよく履いていた靴である。
そこには、後の彼の背番号と同じ『31』という数字が縫いつけられていた。不思議なめぐり合わせの数字『31』。
子供のころから真っ直ぐに、ただ野球がしたいと、あきらめずに来た渡辺。彼はいつでも全員で野球を愉しもうという姿勢を崩さなかった。高校生になったときも、社会人野球に進んだときも。
そして、今日もマウンドへ向かった。渡辺は試合に臨む前、必ず野手の方をじっと見渡す。これから全員でゲームを作る。
たとえば渡辺は、打者を三振にとっても、嬉しそうな表情をしない。ショートゴロを打たせて、ゲッツーをとる。これが一番嬉しい。彼の理想は、27球で試合を終わらせることだ。
渡辺が投げる試合の時は、味方の打線が爆発する。それは、野手の守りやすいリズムでピッチングすることを心がけている渡辺の姿勢と決して無縁ではない。打たれまいとして球数を増やすよりも、打たせて取るという投球の方が、野手にとってもゲームの流れに乗りやすい。そして、リズムを大事にしたピッチングをすることを、守っている。チーム全員でゲームの流れを作る。これが渡辺の野球である。
この日、9回になって同点のランナーを背負った渡辺は、完投勝利を目前にして、打たれてしまった。
一打逆転のピンチの場面。渡辺はマウンドを降り、あとをクローザーに託した。
渡辺はベンチへ向かう。しかし、一塁の前で立ち止まった。リリーフカーに乗り、マウンドへやって来た押さえの切り札・小林投手を、そこで出迎え一言、「あとをお願いします」と律儀に声を掛ける。これが、渡辺俊介である。
あとを託された小林投手は、きっちりと仕事をやり遂げ、期待に応えた。
渡辺も、チーム全員で勝利したことを、素直に喜んだ。これぞ渡辺俊介の真骨頂!
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