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#12 平富恵 生きるために
主人公 フラメンコダンサー/平富恵(たいら・よしえ)
東京都出身

1988年小松原庸子スペイン舞踊研究所入所。
セビリア万博、コルドバ芸術祭等のスペイン公演、ニューヨーク、サン・パウロ公演に参加。スペインにも度々留学し著名な先生に師事している。
又、クラシック・バレエも学ぶ等、常にその旺盛な向学心によって力を付けている。
2002年、スペイン舞踊振興マルワ財団初のコンクールにおいて他を圧する得点を獲得し、優勝に輝く。
2003年、スペインのラ・ウニオン国際フェスティバルのコンクールに参加、日本人初のセミファイナリストになり、審査委員長特別賞を受賞。現在は自ら教室を持って後進の指導にあたりながら、フラメンコの更なる高みを目指して稽古に励んでいる。

第一章 パッション

東京、日比谷野外音楽堂に多くの観客。
毎年、真夏の一番暑い時に開かれるフラメンコの祭典「真夏の夜のフラメンコ」
情熱の国スペインで生まれたフラメンコに会場は熱気に包まれた。ヒートアップするステージに、観客もじっと座ってはいられない。客席までもが、一体となって熱帯夜はさらに熱く、盛り上がってゆく。

フラメンコが生れたのはスペインの南部 アンダルシア地方。温暖で風光明媚なこの地に17世紀頃から、ロマの人々が移り住んできた。移住してきたもののなかなか職も見つからず、あなぐらやバラックに住みながら、食べるものにも事欠く生活に苦しんでいた。生きる希望や喜びを見いだせない中、自分たちの心の叫びを声に出しはじめた。ギター一本で、時には、楽器なんて買う金がなくても手を打ち鳴らし、足を踏みならしながら夢中になって踊る事で、つかの間、逃げ場のない現実を忘れた。そんな中から、フラメンコは生まれたのであった

真夏のフラメンコの饗宴。夜は深まり、一人の日本人ダンサーが登場する。
日本を代表するフラメンコダンサー 平富恵。
2002年に行われた第一回CAFフラメンココンクールで他を大きく引き離して優勝した実力派だ。平の踊りは、海を渡ってフラメンコの本場でも認められた。最も権威のあるフラメンココンクールといわれるラ・ウニオン国際フェスティバルで審査員特別賞を受賞したのだ。

スペイン人に受け入れられたことで平自身、フラメンコに対する確信を深めたという。他の舞踊にはない温度の高さで、苦悩 喜び 悲しみをさらけ出す。それが フラメンコ。

生まれた時からフラメンコと共に育ったスペイン人たちは、平の踊りをどのように見ているのか。わずか4歳でプロデビューしたナタリア・マリンは、「富恵の踊りは力強い」と言う。現在、スペイン国立バレエ団でプリマを務めるトップ フラメンコダンサー、マリベル・ガジャルドは、「腕がとくにすばらしい。女性らしい踊りだ」と表する。

「力強さ」と「女性らしい繊細さ」まったく正反対に分かれた評価。これはいったいどういう事なのだろうか。

虐げられたものたちの心の叫びから生まれたフラメンコは、どうにもならないほど強烈な感情を表現する。そのために、ギターも歌も、聞く者の魂がふるえ出すまで強烈で大きな音を出す。フラメンコのギターに特徴的なのは、激しく弦をかき鳴らす、ラスケアードという弾き方。歌は、体の奥底からあらん限りの声を搾り出す。そして、踊り。とくに、激しい感情を表すのがこの床を打ち鳴らす足である。強くそして早く打ち鳴らすことで、聞く者を高揚させてゆくのだ。

より力強い音を出すために靴の裏には、ある工夫があった。爪先と踵に左右で150本もの釘が打ち込まれている。それによって、強く重い音を出すのだ。その靴で踊りながら、激しく早いリズムを奏でているのだ。

同じように、靴を打ち鳴らすタップとはどのように異なっているのであろうか。タップは、つま先とかかとに付けられた金属で交互に軽やかにリズムを刻む。これに対し、フラメンコの場合つま先とかかとが同時に床に着く「ゴルペ」という踏み込み方をする。これによって、強い音を出すことが、大きな特徴である。より素早く、そしてより強い音を出すことでフラメンコの強烈な感情を表現出来るよう様になるのだ。

フラメンコをはじめて4年の稲葉由希子さんの音と平の音を比較してみよう。
同じリズムを打ってもらい、交互に比較してみる。平の方が、早くて強い。その音の違いはどこから来るのであろうか。1秒間に1000コマ撮影することが出来る超高速カメラの映像で比較してみた。

平のステップは、つま先とかかとが同時に床に着いている。稲葉さんの場合、自分では、つま先とかかとを同時に打っているつもりだが、つま先とかかとはずれてしまっている。そのわずかなずれが、音の強さや音質に影響すると言う。さらに、つま先とかかとがずれてくると、上半身が安定しないと言うのだ。二人の上半身の動きを比較してみた。

やはり、平の方が、上半身のぶれは少ないようだ。たとえ、小さくジャンプして両足が離れても頭の位置はほとんど変わることはない。この安定したバランスが、強くて早い足の打ち鳴らしを可能にしている。

しかし、平も長い間、自分の足の打ち方がスペイン人の名手たちと違うということに、なかなか気づけなかった。何年も練習を重ねたある日、突然、足の打ち方の違いが分かるようになったのだという。ひたすら練習を重ねることで体得した平の足わざ。それによって、平の踊りは、日本人として稀な程、力強いものになった。

しかし、平の踊りのすばらしさは、激しさだけではない。激しく力強いと同時に、女性的な繊細さを合わせ持っているところにあった。

平富恵のフラメンコは、強さと同時に、繊細な女性らしさを合わせ持つと言う。女性らしい繊細な動きの秘密はどこにあるのだろうか。

平の踊りのすばらしさについてスペイン人ダンサーはこう評していた。
「手の動きが素晴らしい」
平の軟らかな手の動きは、スペインのトップダンサーも認めるほど美しいものであるのだ。平は、腕の関節が柔らかく、より後ろまで腕が曲がるのだという。そのことが手の豊かな表現力を生み出しているのだ。

そして、しばしばフラメンコで使われるカスタネット。平のカスタネットはスペインでもなかなかいないほどの腕前であるという。カスタネットは打楽器であるため、足の踏み鳴らしの様に、激しさの表現に適している。しかし、ほとんど連続音に聞こえるほど素早く鳴らすことで、打楽器からリズムが消えなめらかで流れるような踊りにも合うようになるのだ。

カスタネットでどのようにして、連続音を出しているのだろうか。スーパースローの映像で見てみる。一秒間にどれくらい鳴らしているのだろう。右手だけの回数を数えてみる。右手だけで、一秒間に18回打ち鳴らしていた。フラメンコをはじめて4年目の稲葉は一秒間に12回。平の三分の二の回数であった。

ふたりのカスタネットの使い方がどう異なるのかスーパースローの映像で比べてみた。平が指を丸めて小さく細かく叩いているのに対し、右の稲葉の方は、指使いが大きく、カスタネットも大きく動いている。

平は、フラメンコをはじめてから10年間、稲葉と同じように普通の叩き方をしていた。しかし、より豊かで優雅な表現力をつけるため独自の叩き方を習得したのだった。

平の踊りの女性らしさの秘密は、柔軟な腕の動きと、カスタネットの素早い指の動きにあった。

繊細で柔らかい腕の動き。突出した素早さのカスタネットは、しなやかな腕の動きに馴染んでゆく。そしてその連続音は感情のうねりとなり次第に緊張感を高めて行く。女性らしい繊細な踊りは、やがて、激しい魂の爆発を導いてゆく。一見相反する繊細さと激しさは、こうして平の踊りの中でひとつになる。そここそが、スペイン人たちも認めたすばらしさであったのだ。

第二章 迷路

平富恵は、何不自由のない家庭でピアノやバレエを習いながら育った。ごくごく普通の少女は成長するにつれ、ちょっと変わった遊びをするようになった。自転車の乗り、知らない道を探して走る。「迷いたい」。どこか知らない町に迷いこみたい。平のなかで、未知のものへの止むに止まれぬ好奇心が頭をもたげていた。

成人する頃、人生を左右する二つのものに出会う。ひとつは、大学の友人に勧められていっしょにはじめたフラメンコ。

そしてもうひとつは・・・まだ女性の姿が珍しかったカーレースの世界。そのレースは、サーキットを走るものではなく、道無き道を、数十日間かけ、長いものでは1万5000キロを走破する最も過酷な「オフロードレース」だった。
「迷いたい。」
少女時代から抱き続けた未知のものへの強い思い。それは、行ったことのない地の果ての原野を疾走するレースへと平を駆り立てたのだった。一つ道を間違えれば死にもつながるオフロードレースに、平は、のめり込んでいった。そして当時、世界最長にして最も過酷であった南アメリカのレースに挑んだ。140キロで疾走中、極度の疲労から、一瞬、ハンドル操作を誤った。車は転がり、宙を舞った。車は大破し、駆けつけた仲間に救助された。

車と共に転がりながら、死を意識した。車の部品が自分の足に突き刺さるのを見た瞬間、彼女はこう思った。
「フラメンコが出来なくなる」
死の淵を垣間見た時に、なぜフラメンコのことが脳裏をよぎったのか、平にも分からなかった。

帰国した平は、レースをやめ、就職した。世界の果てを走り抜けるレースとは対極の日常。平は「生きる意味」を探し求めていた。そうした中で、次第にフラメンコが平の中で大きな存在になってゆく。深く知れば知るほど、フラメンコの持つ魅力に惹かれていった。そして、平は仕事を辞めて、スペインに飛んだ。本場でフラメンコに触れるために。生身の人間に触れながら、フラメンコが人間の心の深淵を表現するものであることを知った。未知の荒野は、人間の心の中にもあった。そして平は、フラメンコに生きる事を心に誓った。死を垣間見た瞬間に、脳裏をよぎったフラメンコ。それは、平にとって、生きること そのものになっていった。

第三章 極み

一心不乱にフラメンコに打ち込むその先には、極めた者だけが、垣間見ることの出来る究極の高みがあるという。フラメンコのふるさと、スペイン南部 アンダルシア。フラメンコとともに生きてきたロマの人々の間には語り継がれてきた伝説がある。

究極のフラメンコには、黒い魔物が降りてくる。魔物の名は「ドゥエンデ」舞台上のすべてが一つになり極みに達した時にだけ現れるというフラメンコの境地。

人間の魂の叫び声 フラメンコ。絶望や苦悩を知らずして、それを踊ることなど、できはしない。一昨年、平は、悲しみではなく、これまでにない大きな喜びを知った。カナダ人の夫との間に元気な男の子をさずかったのだ。はじめて体験した生命の神秘。そして、育って行く命の力強さ。母になり、生活や考え方が大きく変化する中、平は、これまで知らなかった喜びと同時に、その反対のものを知ったのだという。それは、「絶対失いたくないものを失う悲しみ」。

南米の荒野で、死の淵を見た時、生きる事を考えはじめた。そして、命の喜びを知った今、さらに深い悲しみを表現出来るのかもしれない。

平には、生涯ずっと踊り続けようと決めた曲がある。
「シギリージャ」
「極限状態の魂の叫びと悲しみ」を表わした曲であり、最も難しい曲であるとも言われている。

新たな生命を授かった喜びは、何人であっても変わることはないはずだ。そして、最愛のものを失う悲しみも・・・。子供を持ってはじめて知ったこと、そして、これから経験して行く未知の人生を、平は、この曲に織り込んでゆく。そしていつか、フラメンコの極みドゥエンデと出会う時、平富恵のフラメンコはさらなる成長を遂げるだろう。
 
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