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カーリング/チーム青森(ちーむ・あおもり)
2003年結成 (平均年齢23歳)
北海道出身
スキップ(主将)/小野寺歩(おのでら・あゆみ)27歳
リード/目黒萌絵(めぐろ・もえ)21歳
セカンド/本橋麻里(もとはし・まり)19歳
サード/林弓枝(はやし・ゆみえ)27歳
リザーブ/寺田桜子(てらだ・さくらこ)21歳
トリノ五輪で、日本代表に決定した平均年齢23歳のカーリング女子チーム。
2003年に「チーム青森」結成。当時は4人であったが、翌年のパシフィックカーリング選手権大会に向けて本橋がメンバーに加わる。
主将・小野寺とサード・林は2002年ソルトレーク五輪に引き続き、2度目のオリンピック出場となる。選手全員が北海道出身。2人が青森市の団体嘱託職員、3人が同県内の大学に在学しながら、日々トリノ五輪に向け、トレーニングを積んでいる。 |
第一章 読む
まるで漬け物石の様なものを滑らせ、氷の上を一生懸命に磨き上げる。そんなユーモラスな印象のこの競技。
実は歴史は古く、16世紀頃の発祥らしい。現在では世界48の国と地域、およそ1000万人の愛好者がいると言われている。 1998年から冬季オリンピック正式種目となり、出場出来るのは、過去3年間の世界選手権の成績で、上位10ヶ国だけ、という、狭き門であるこの競技。
『カーリング』という。
2006年冬季オリンピック・トリノ大会には、日本の女子チームが出場を決めた。
輝かしい世界の十傑に入ったのは、5人の選手で結成された『チーム青森』。
メンバーは
寺田桜子(てらださくらこ)大学生・21歳。
目黒萌絵(めぐろもえ)大学生・21歳。
本橋麻里(もとはしまり))短大生、最年少の19歳。
林 弓枝(はやしゆみえ)、チームのサブリーダー。2002年ソルトレークオリンピック出場経験をもつ27歳。
小野寺歩(おのでらあゆみ)、チームのリーダーを務める27歳。同じく、ソルトレークオリンピック出場経験を持つ。
『カーリング』の名称は、ストーンがゆっくりとカールしながら滑る姿から名付けられた。縦40メートルの細長いリンクを使い、重さおよそ20キロ、直径30センチのストーンを「ハウス」と呼ばれる円の中央に向かって滑らせる。
1チームは4名。それぞれ、リード/セカンド/サード/スキップ、というポジション。リードから順番に、1人2回づつストーンを投げ、敵味方交互に、合計16回投げると一回戦が終わる。これを1エンドと呼ぶ。
勝敗は、どちらのチームのストーンが、より中心に近い所にあるかで決まる。得点は、負けたチームの、一番中心に近いストーンより内側にあるストーンの個数。負けた方は常に0点。公式戦は一試合、通常10エンドで勝敗を競う。
ストーンを投げる、『ショット』の方法は2種類ある。一つは、ビリヤードのように、他のストーンに当てて、狙った場所に運ぶ『テイクアウト』というショット。
テイクアウトの名手・林選手が、ホッグラインという青い線の間、およそ22メートル間を、9秒半で通過するスピードで、ストーンを投げるという。
すると、ストーンは狙った通りの方向に止まった。
今度は、ホッグライン間を10秒で、という指示。林選手は、40メートル向うから、さっきより半秒遅いショットを放つ。誤差ナント0、2秒!
半秒単位のストーンのスピードを、スローイングする時に蹴り出す「ハック」という突起物がある。それを蹴る足の感覚で、調節しているのだという。
両方を重ねて比べてみても、1センチの違いもない程に微妙であるが、9秒半の方が、足は少し上にある。この微妙な感覚を、選手たちはリンクに入ると最初に、確かめている。はじめに、ストーンを持たずにスローイングのポーズをし、その日の『氷』のコンディションを体感すると、あとは感覚で微調整ができる。
ショットのもう一つは、他のストーンには当てずに、直接、目的の場所を狙う『ドロー』というショット。
チームのリード=一番手に投げる目黒選手は、ドローの評価が高い。ハウスの内側、真ん中よりやや手前で止まった。
あの、氷を一生懸命に磨いているユーモラスな光景。これが、スウィープである。カーリングでは、とても重要な役割を担っている。ストーンの進む先の氷を、ブラシなどで擦り、表面を溶かして、ストーンを滑りやすくしているのである。このスウィープの加減で、ストーンの到達点を先に延ばしたり、進路を微調整したりしている。
リンクには、ゲームの前に水が撒かれる。水滴で、氷の表面を粒状に仕上げる為である。この『氷の粒』の状態が、カーリングというゲームを複雑にしている。ストーンの動きは、氷の状態で全く変わってしまう。スウィーパーは、この氷を読み、絶妙な加減で擦っている。
実はストーンは、投げる時、軽く回転をかけられている。前に進むスピードが速い時は特に影響はないが、スピードが落ちるとストーンは回転している方向に、徐々に曲がりはじめる。スウィープは、その曲がってゆく速度を微調整して、正確にストーンを導く役割を果たしている。スウィープの巧さで、ショットの結果は大きく変わる。スウィープ技術の如何で、ショットの明暗は、天国と地獄ほどに分かれてしまうのである!
チーム青森は、このスウィープが絶妙で、ストーンを精密に導いてゆく技術力がある。
そして彼女たちにはもう一つ、無敵の武器があった!
ゲームの明暗を左右する、スウィープという技術。スウィーパーの名手には、特殊な感覚が備わっている。チーム青森のサブリーダー・林選手は、日本を代表する名スウィーパーの一人である。
ストーンのスピードの目安は、このホッグラインという青い線の間を、何秒で通過するかという「秒数」で示す。ショットを放った瞬間、スウィーパー・林選手は、ハウスにいるスキップ・小野寺選手に、「9半」と数字を告げた。実はこれが、スピードを示す秒数。林選手は、ストーンが放たれた瞬間、速度を判断したのである。
実際に計測してみると、9秒4。その誤差わずか0、1秒だった!スウィーパーは、目の前のストーンの正確な情報を、スキップに伝えているのである。
チーム青森の若きコーチ、彼女たちの信望を集める阿部晋也さんは、ジュニア時代、日本代表選手の一人だった。その豊富な経験から阿部コーチは、彼女たちの読みの正確さを高く評価している。
ストーンの速度などの情報は、ハウスにいるチームの指揮官=スキップに集められる。スキップは、それらの情報とゲーム展開を読んで、ストーンを自在に操る。
チーム青森のスキップ・小野寺は、ソルトレークオリンピック出場経験のあるベテラン。今年2月の日本選手権から、スキップを務めている。頼れるリーダーの資質と、的確な指示で、チームの信頼も篤い。
スキップは、チームの”頭脳”。勝つための戦略を立て、相手の思惑も読んで戦術を練り、ひとつひとつのショットやスウィープの指示を出す。そして、最後の一投を自分自身で投げる事で、作戦を完成させ、チームを勝利に導く、という役割である。
チーム青森のスキップ・小野寺選手の指示。ここまでで、重要なやり取りがされているのが、判っただろうか?
小野寺選手は、ゲーム中、ストーンが通った道筋をすべて覚えている。氷のどの部分がいま滑りやすくなっているか、何処がコントロールしにくいか。どうすれば、敵は攻めにくいか。無理のない堅実なゲーム運びで、仲間の正確なショットを導き、的確に、ジワジワと、敵を封じ込めてゆくのである。
正攻法で勝利を勝ち取るのが、チーム青森の強さである。
リンクのメンテナンスも自分たちで行う。氷の状態を把握することが、的確な読みにつながるのである。
第二章 集う
トリノ冬季オリンピック・女子カーリング日本代表『チーム青森』。
チームのリーダーとサブリーダーを務める小野寺と林は、かつて日本最強を誇った女子チーム『シムソンズ』のメンバーだった。
地元・北海道常呂町で、中学生の時に結成した『シムソンズ』は、メキメキと実力をつけ、日本選手権、パシフィック選手権を制覇。
世界選手権でも常に上位に食い込み、2002年ソルトレークシティで行われたオリンピックの出場権を獲得した。世界で上位10ヶ国しか出られないオリンピック。実績では、メダルも充分に狙える位置につけていた。
しかし、メダルを期待されたシムソンズの調子が上がらなかった。
オリンピックには魔物が棲んでいる。その独特の雰囲気に呑み込まれ、シムソンズは、全く精彩を欠いたゲームしかできなかった。結果は8位に沈んだ。 オリンピック終了後、シムソンズは解散。メンバーはそれぞれ、別の道を歩み出した。
しかし小野寺の中では、まだ燻っている何かがあった。
このままでは終われない。カーリングでは、まだやり残したことがある!しかし、カーリングをしながら働ける場所が、地元にはなかった。そんな頃、青森にカーリング場ができるという朗報が飛び込んできた。これはチャンスに違いない!一も二もなく、小野寺は青森に行くことを決意する。その時、かつての盟友、林に声をかけた。
ふたりは故郷を後にして、新天地で一から、新しいチーム作りをはじめた。
ところが、チームメイトが見つからなかった。オリンピック代表だった二人に釣り合う選手など、なかなかいなかったのである。夢は、いきなり暗礁に乗り上げた。
小野寺と林は、ただ二人で練習をこなす日々を過ごした。
そんな時、ある強豪ジュニアチームが、高校卒業と共に解散する季節を迎えていた。今度はオリンピックを目指したいと考えていた目黒と寺田は、かつて憧れのシムソンズにいた小野寺と林が、青森でカーリングを続けている事を知ったのである。
そうして、オリンピックに夢を描く同志が集い、新しいチームが結成された。
4人はいきなりその年の日本選手権で優勝。パシフィック選手権と、その先の世界選手権に臨む為、5人目のメンバーを探した。小野寺の脳裏には、1人の選手が浮かんでいた。同郷で、ジュニア選手として活躍していた、本橋麻里だった。
小野寺の強い思いに導かれる様に、5人の強豪がうち揃った。
それからはまさに、怒濤の快進撃が始まる。
パシフィック選手権優勝。続く世界選手権も9位に食い込み、結成からわずか1年足らずで、全員の念願だったトリノオリンピック出場権をつかみ取ったのである!
第三章 掴む
自ら勝ち取ったオリンピック出場枠が、危うくなった!
チーム青森は日本代表を決める選考会で、チーム長野に、まさかの二連敗。結論は、十一月の代表決定戦にもつれ込む。ここで、1勝をあげれば『チーム青森』がオリンピック出場。しかし『チーム長野』に2勝されたら、オリンピックへの夢は撃ち砕かれる。
背水の陣で臨む決戦となった。 決戦の火ぶたは、切って落とされた。
チーム青森の後攻でスタート。
その後は、各エンドで1点でも得点した方が、次のエンドの先攻となる。
カーリングでは最後の一投を投げる後攻の方が断然有利になるため、はじめの方のエンドは、双方なるべく点を取らないように進める。
ところが第3エンド、小野寺が、ハウスにストーンを残す、というミスをして、チーム青森が1点取り、後攻を手放してしまう。
第4、第5エンド。チーム長野は安定したショットで、後攻をゆずらない。
第6エンド。小野寺の指示は、ハウスの真ん中。
林のショットは、相手のストーンに当って、ハウスの端に。
これが、予想外の反撃のショットとなり、続く小野寺は、相手のストーンの裏側に回る見事なショットを決めた。
このままなら、チーム青森が2点獲得。3点のリードはさすがに辛いと読んだチーム長野は、やむを得ずここで1点を取って後攻をチーム青森に手渡した。
その、運命の第8エンド。
林のショット、勢いが足らず、手前で止まってしまう。
林の2投目は、小野寺の意図通りの、見事なショットとなった。
チーム長野のショットは、わずかに伸びず、失敗。
小野寺が、次に考える展開は、左からカールさせて攻めるか、それとも赤いストーンの前にガードを置いて、味方の石を守るか。
そして小野寺の結論は、中心に並べた石でガードをつくり、ハウスの石をはじき出すショットを牽制した。
そして、この石の配列は、長野のミスショットを誘導した。
痛恨のスルーショット。ハウスを行き過ぎてしまった。
小野寺の最終ショット。もう1点追加しておきたい。
直接ドローで、ハウスに石を置きに行くか、それとも手前にある味方のストーンに当てて、ハウスに押し込むか。
そして、小野寺は、ストーンを送り出した。
小野寺のショットはそのまま氷の上を走り、味方の石を動かし、ハウスの中心に並んだ!
見事な2点獲得!理想的な展開だった!
9エンドは、長野に1点取らせて、最終エンド、チーム青森が後攻を取った。
チーム青森は、理想的なゲームを展開で、長野を追いつめてゆく。
そして、小野寺の最後のショットを迎える。
小野寺のショットは、1センチの狂いもなく、狙った通りの動きを見せた。
完勝!
オリンピックを、掴み取った!
来年2月。トリノで開催されるオリンピックに向け、チーム青森は今、メダル獲得に向け走り始めたのである!
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