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#90 『森住康二 星が輝くまで』
主人公 ラーメン職人/森住康二(もりずみ・やすじ)
1967年2月8日(41歳)
東京都出身

東京都板橋区出身。中学生のときに料理人の道を志し、調理師専門学校に進む。卒業後、ホテルなどで10年間フランス料理の修行を積む。その修行中、賄い料理で作ったラーメンに魅力を感じ、ラーメン作りの世界へと転身。1996年、29歳で東京・荒川区に「柳麺ちゃぶ屋」を開業。徐々にその味が評判をよび、開業3年目には一日500人もの集客数を数えるまでになる。さらに製麺機を店内に導入するため2001年、東京・文京区護国寺に移転。2003年 ラーメンチェーン店の「麺屋黒船」をプロデュース。同年、護国寺に塩ラーメン専門店「CHABUYA SIORAHMEN BRANCH」をオープン。他に、「柳麺 ちゃぶ屋 AKATSUKI」「柳麺 ちゃぶ屋 味噌専門」、米・ロサンジェルスに「chabuya」を展開した。 2006年2月には選び抜いた最高級の食材を使用し、 「柳麺」(ラーメン)文化を追求した「MIST」を東京・表参道ヒルズ内にオープン。 新しいスタイルのラーメンとして話題を呼んでいる。ラーメン一杯を材料からすべて自分でつくる「自給自足」を理想にかかげ、ラーメン業界を牽引し続ける。

※2007年4月8日 初回放送
※2008年8月31日 第1回再放送

第一章・洗煉

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 その、奥深き道を分け入った者たちは、口を揃えて、“器の中の小さな宇宙”と表現する。一杯の、ラーメン……。
 文京区音羽に、いまや日本人の国民食!全国でおよそ4万3千軒ものラーメン店がしのぎを削る”

 ラーメン戦国時代”の中で、ひときわ異彩を放つ、一軒の店がある。

 オーナーの森住康二が創り出す『らぁ麺』は、品すら漂うと、大評判なのである。
 献立は3種類。磨き抜かれた、香り高い醤油ダレに、黄金に輝く特製スープを合わせた『正油らぁ麺』。チャーシューは、天然の穀物で育てた山形産の『天元豚(てんげんぶた)』をじっくりと煮込んで作り上げた逸品。こんがりと飴色(あめいろ)に焦がしたエシャロットが香ばしい風味を添える。のど越しの良い麺は、上質の稲庭うどんを思わせる。素材から吟味を重ねたオリジナルの味噌を、自慢のスープで、ただ溶いただけ。自信を伺わせる『味噌らぁ麺』。芳醇で、コクのあるスープによく絡まるよう、やや太めの麺で仕立て上げた。
 ニンニクのきいた、ミネラル豊富な塩。 鶏ベースのスープで調え、あっさりとした中にも深いコクのある『塩らぁ麺』。こちらは、品のいい細めの麺で。
 このシンプルにして深遠な味わいのらぁ麺が、本物志向のファンを唸らせている。

 “ラーメン界の寵児”中村栄利(ひでとし)(2006年6月18日放送で登場)は、森住のラーメンをこう語る。
「王道を作っていて、強烈なインパクトがあるというよりは、日常的に食べられる。日々洗練されている味だと思う」。

 森住康二の“らぁ麺”、その真髄とは何か?
「美味しいのは第一条件、前提です。美味しくて、安全、安心で、体に優しいラーメン」を目指していると森住。

 『安全』で『身体に優しい』。これまでラーメンを語る言葉にはなかったキイワード。
 これを解き明かすために、森住の仕事を追ってゆこう。まずは、客席の数を減らしてまで作った製麺(せいめん)室。ここは温度と湿度が厳格に管理されている。
 小麦粉は、研究を重ねて配合を工夫した特製品である。
「三種類の小麦をブレンドして使っている。無農薬のものか、農薬を極力おさえたもの。」と森住は説明してくれた。
 タンパク質の含有量が違う、北海道産の小麦粉と、信州の小麦粉をブレンドし、イメージに適(かな)うものを作った。その目指すところはというと……。
「一番はすすったときのなめらかさ。なめらかな麺はすごく愛情を感じる。どうしても執拗にそちらを求めてしまう。」と森住。
 そして、よりなめらかな麺を打つために、森住は練り水(ねりみず)も吟味した。
 中華麺の命である、天然のカンスイ。これが溶け込んだ水で練ると、麺に独特の色と風味が出る。
「通常、薬剤の化学合成で出来ているものが、日本で言うカンスイとして使われてきた。実際、ラーメンの脂分を体内で中
性に戻すためのナトリウムとして40から47%ぐらい。残りがカリウムで50%ぐらい。あと3%がニナトリウムとかリンが含まれていてそれがカンスイになっていた。」と森住が説明してくれた。
 100パーセント天然のカンスイを使うと、アルカリ分が強すぎて、麺をゆでる鍋を傷める。それを防ぐためにこれまでは他の化学成分が混ぜられていた。
「ラーメンにはやはり必要のないもの(が含まれている)じゃないですか。だからナトリウム100%のカンスイ(を作った。)」と森住は語った。
 天然カンスイに、卵や天然のクロレラを加えた練り水を注いで、攪拌(かくはん)する。そして、よく練った麺生地(めんきじ)を、森住の掴んだ、絶妙な厚さに伸ばしてゆく。
「厚みがうちの麺の一番大事な部分。練りの次に大事。」と森住。

 森住はここで、3種類の麺を作っている。スープの味や濃度に合う麺を見極めて、太さや形状の違う麺を作り上げた。この繊細な感覚が、森住のらぁ麺を支えている。

 お客の評判を聞いてみた。
「つるっとしてました。美味しかったです」「麺もつるつるして美味しかった」
 しかし、そんな細やかさが、大きな問題を引き起こしていた……。
「フルタイムでずっと営業していたので休み時間がなかった。夕方お客様が途切れたときにラーメンを食べてみた。そしてお客様が来るので、途中で食べるのを辞めて、しばらくしたらまた食べる。そうしたら味が変わっていた。こんなラーメン作った覚えがないよ! と言うぐらいだった。」と森住は語った。

 その問題は、麺をゆでていたお湯に溶け込んでいた……。
「カンスイのナトリウムがラーメンのスープの香りや味を一瞬にして破壊してしまう。ゆで麺器で何球もゆでているとお湯のpH値がかなり上がってしまうからだ。」と森住は説明してくれた。
 麺の天然カンスイがお湯に溶け出して強いアルカリ性となり、それがスープに入ると魚介の香りなどを消してしまうのである。

 そこで森住が思いついて取り出したのが、レモン。これを麺を茹でるお湯に泳がせて、中和させようという……。
「酢が一番効く。中性に一番速く戻る。でも酢は匂いが店中に充満してしまう。そこで、柑橘系の果物を入れることにした。クエン酸を一番含んでいるレモンが一番良いと思った。」と森住。
 鍋の中で起こっていることを、実験で示してみよう。まずは、沸かし立てのお湯。それを、透明なグラスにとる。そこに、アルカリ性か酸性かをはかるペーハー測定液を一滴たらすと……、お湯は青く変化し、『弱アルカリ性』であることを示した。
 ここに天然カンスイが溶け出すと、お湯は濃い紫色に変色し、強い『アルカリ性』になった。ここにレモンの果汁を数滴たらしてみると、お湯は『酸性』へと変化した。
 コツコツと小さな努力を積み重ねて、森住は、微妙なバランスで成り立っている理想的な らぁ麺の味を、維持している。
 そして理想を追ううちに、こんなオリジナルのドンブリを作り出した。違いは、ドンブリの縁の厚さにある!
「この口が麺と同じ薄さ。」と森住。あー、ホントだ……、塩らぁ麺のドンブリも醤油らぁ麺のドンブリも、その口の薄さはそれぞれの麺と見事に同じだぁ……。
 しかし、麺とドンブリの縁の厚さを合わせて、何を狙っているのか?
「麺の細さは唇を通るとき体が段々覚えてゆく。麺と器の口の薄さが同じだと違和感がない。」と森住は語る。

 さらにドンブリの微妙な形の違いにも、森住の計算が隠されていた! 見比べてみて、判っただろうか?
「塩というのはもともと香りがないので、香りがまっすぐ上がってゆくようにストレートの器の口を上に開けた。」と森住。
 塩とカツオ節の香りが、スッと上へ立ち上(のぼ)るように考えられている塩らぁ麺用。そしてこの、縁が少しだけ外に広がっているドンブリは、正油らぁ麺用。
「醤油はもともと香りがいい。それに鯖の軽い香りがついているので、丸く香りが回るにした。」と森住。

 芳醇な香りが縁からあふれ出すデザイン。しかもドンブリの素材は、繋ぎ成分などの添加物を排除したという。この思いは、お客に届いているのだろうか?
「お客さんが、このどんぶり麺と同じ太さだよ、しかも、どんぶりを作るのに、添加物使ってないでしょう、とか、分かってしまった人は超人ですね。ただ作り手はそこまで考えて作らないとまとまりがでない。」と森住は笑った。

 安全で、身体に優しいというラーメンを追い求め、緻密に煉り上げてゆく森住の手法は、らぁ麺を次なるステージへと駆り立ててゆくのである!その、目指すところとは……?

 稀代のラーメン職人・森住康二の創り出すスープには、不思議な魅力がある。コクが深いのに、サッパリとした口当たり。それでいて後を引くのである…。
 その秘訣は、森住一流の基準で選び抜いた、20種類にも及ぶ素材の、調理の仕方にある!
「全部を投入しない。一つずつ、その素材に必要な時間を与える。」と森住。
 そのスープ作りを見せてもらった。通称・ゲンコツと呼ばれる豚の骨を下茹でして灰汁(あく)を取る。そして一つ一つ丹念に筋(すじ)や汚れを洗い落とす。
「下処理の時点で気持がないと僕のラーメンは出来ない。」と森住。
 そして改めて、ゲンコツを水から煮はじめる。寸胴には同じく、豚足を加え、昆布や椎茸(しいたけ)、貝柱など、旨み成分の強いものと一緒に10時間、沸騰させない温度で、じっくりと煮込んでゆく……。
 10時間後。岡山産の地鶏を丸ごと入れて1時間。今度は鶏ガラを入れてさらに1時間。メスの軍鶏(しゃも)の雛(ひな)を加え、鶏の足も入れる。
 なにやら、白いものを入れる森住。何かと尋ねてみると、
「さめの皮です。さめの皮からもいいタンパク質がでる。すごく品の良いゼラチン質。香りもいい。」と森住。
 1時間したら4種類の野菜を。そして、割ったリンゴを加える。これは森住が考えた工夫の一つである。
「動物性のタンパク質なので酸化が進行する。リンゴ酸を使って進行をなるべく食い止める。」と森住。
 リンゴの成分を働かせながら、沸騰させないように1時間煮込む。
 そしてここからは香り付け。
「焼きあご。この中に旨みの層が出来ている。これを沸騰することで香りなどを初めて表現出来る。」と言う森住。
 時間をずらしながら煮込むことで、旨みの層を作り上げていたのである。そして最後に……。
「鷹の爪を一つ、最後の10分だけ入れるのですが、一つ一つの輪郭がはっきりする。」と森住。
 およそ22時間かけて、黄金に輝く上質のスープが出来上がった??このスープが、森住の味の“核”となる。森住は、このスープをひっさげて、新しい展開をはじめている。
 丹誠込めたスープを、毎朝 自分である場所へと運んでゆく。
 追いかけてみると、やって来たのは、東京・表参道にあるランドマーク・表参道ヒルズ。森住はこの中に、新しい店を持っていた。まるでフランス料理店のような雰囲気のこの店で、森住は、新しい試みに取り組んでいるところなのである。

「ラーメンはB級グルメのなかのB級グルメと言われている。でもあと100円200円かけたら、もっと良いものが出来る。もっといいものが使える。だからもしかしたらラーメンはあの形をしていながらもA級グルメと言われるものが出来るかも知れない。」と森住はその夢を語る。

 A級グルメとなるラーメン。森住は らぁ麺をドンブリの中から解き放ち、料理として洗煉しようとしている。そのコースメニューを堪能してみよう。
 オードブルは、『らぁ麺スープで仕上げたマッシュポテト、ドライイチジク添え』。その作り方は、オープンキッチンの向こうに見ることができる。
「じゃがいもをスープで煮てマッシュポテトを作る」と説明する森住。
 ラーメンスープで煮込み、あの馥郁(ふくいく)たる出汁(だし)の香りと味を、ジャガイモに染み込ませる。裏ごしして、ペースト状にしたものを器に。ラーメンスープのほどよい塩加減が、口の中にまろやかに広がる。
 続いては、ラーメンのトッピングの代表格、3分間だけ茹でた名古屋コーチンの卵。軽く塩をして丁寧にスクランブル状に。
「ラーメンのスープを冷やしたジュレ。天然素材で作っている。口の中に入れて溶けるまで、若干時間が掛かる。これが冷やしたジュレのおもしろさ。冷やしたジュレは香りが1テンポ遅れてくるので、卵などの冷製のものと相性がいい。これはプロシュート。24ヵ月熟成した生ハム。若干くせのあるものと(ジュレが)合う。」と森住は説明してくれた。
 ラーメンスープと味付け卵。お馴染みの味を、新しい風景に描き直した、「3分間の味付玉子生ハム添え」。
 箸先で、麺を巻いてゆく。一口大にして、スプーンへ。それを、先ほどのラーメンスープの冷製ジュレで満たす。てんてんと垂らしてゆくのは、正油らぁ麺のたれ。スプーンの上に、ギュッと凝縮された、森住の一杯。一口で、しっかりと堪能できる『らぁ麺』である。「ワンスプーン」の完成である。
 次の皿には、お楽しみのチャーシューが……。チャーシューに使っている天元豚(てんげんぶた)をマリネして、香りの良いポメリマスタードを塗ってゆく。その表層にパン粉をつけ、オーブンで45分。森の木の実の蜂蜜漬けを添えて。絶品チャーシューとはまたひと味違った、質のいい脂身がとろけ出す、極上の一皿、「天元豚のロースト」。

 森住は、今、何を目指すのか?

「ラーメン屋はサービス業。サービス業で生きている限り、ミシュランは一部上場ぐらい価値があると思う。その星一つが、いずれ二つになるかもしれない。そうやって成長していきたい。どうせやるならとことんやった方がいい。」と森住は未来を語った。
 一杯のラーメンの上に、星が輝くことを夢見て、器の中の宇宙は、この男の手によって無限に広がってゆく。

第二章・追究

 常に新しい価値観を発信しようとするこの街で、森住は真摯に、新しいらぁ麺を構築しようとしている。
 例えば、らぁ麺に合うワイン。

「麺に使っている小麦の産地とこのワインのブドウの土壌が近いので、相性がいいのではないか、と思っている。」と森住。
 こちらは、らぁ麺を愉しみながら飲むビール。イギリスからクリスタルモルトを取り寄せ、天然酵母で作ってみた。
「天然酵母で作っているのも、お腹が膨らんでしまうとラーメンが食べられなくなってしまうので、それを避けるため。ラーメンが楽しみながら呑めるビールがあってもいいんじゃないかと思った。」と森住が説明した。
 らぁ麺に似合うシチュエーションを創り上げてゆく。

 森住康二は、1967年、高度経済成長の真っ只中に東京で生まれた。小さい頃から物作りが大好き。お気に入りはプラモデルで、自分の好みの色を塗り、改良を繰り返した。
 そんな森住少年が、料理人に憧れたのは、こんな記憶からだった。
「良くホテルに連れて行かれた。シェフが挨拶に来るのが単純にかっこいいなあと思っていた。」と森住。

 一途に思いこんだ森住は、中学を出るとすぐに調理師学校へ進んで料理の基礎を学び、16歳で、ホテルのフレンチレストランに修行に入った。
 見習いに任される大仕事の一つが『賄い』。ある日、森住は、フレンチの厨房で意外なものを作った。それがラーメン。
「全員がライバルなので、難しい顔をして食べる。でもラーメンを作った時にみんなとても和やかな雰囲気になった。」と当時を語る森住。
 『おい、若いの。こりゃ美味いなぁ!』はじめて笑顔で誉められた。

 10年修行をしたが、一向に先が見えてこない。森住は厨房を飛び出して、サラリーマン生活をはじめた。それはそれなりに充実したが、どうしても頭にこびりついて離れない思いがあった。誉められた、あの時のラーメン。
 『ラーメン屋の店舗で出物があるけど、やってみないか……?』転機は、そんな形で訪れた。それは、ずっと望んでいたことだった。ラーメン屋をやってみよう!
 つましく貯めていた貯金をはたいて、店を購入。厨房でスープ作りをはじめた。

「できあがるのに、3日だった。スープの濃度をいかに上げるかはずっと長い間研究していた。そして『これでいい』と思って試作してできあがったのが3日です。」と森住。
 昔取った杵柄。スープも仕上がり、好みのツルツルした麺も見つかった。そして自信満々で、店をオープン。
 しかし、群雄割拠のラーメン業界。そんなに甘いもんじゃなかった。

「3年間全くだめだった。一番きつかったのが2年目。毎日『もうダメだろう』と思いながら、シャッター開けて、お湯沸かして。もういよいよだめだと思った時にディズニーランドに行った。」と森住は当時を振り返る。
 気晴らしに行ったはずのディズニーランドが、その後の森住の生き方を変えた!
「ちょうどトゥーンタウンが出来たとき。ミッキーマウスの家に行った。」
 そこには、森住が欲しかったものがすべて揃っていた! 森住がそこで見たものは、
「まず、車。家、自給自足の畑。仕事。あとは愉快な仲間達。子供達に夢や勇気を与えている。常にヒーロー。あれにはやられた。」
 森住は、ミッキーマウスの部屋で、人目も憚(はばか)らず号泣してしまった……。

「もうダメなんじゃないか。明日ダメなんじゃないか。と言う風に考えていた自分が情けなくなって、始めたときは違っていたと気付いた。自分で生きてゆくために自分で選んだんじゃないか。だったら、何があってもつぶしてはダメだ。やるべきことをするべきだ、と思った。」と森住は当時の心境を語った。
 森住は、はじめて真剣にラーメンと向き合った。ラーメンこそ俺の人生! 一生をかけて取り組んでゆこう! 心に決めた。
 そう思うと、一つ一つの工程が何だかいとおしくなってきた。目指すべきは、愛情をこめた仕事。すると、今まで気づかなかったものが、ふと見えてきた。

「ラーメンは結構みんなやりたい放題。スープや麺のコレステロールなどもバランスがばらばら。店に立っている人が太っていると言うことに気付いた。ああなったらまずいと思った。それから、素材を意識するようになった。」と森住。
 所詮は身体に悪い食べ物さ……と、あぐらをかいてはいなかったか? 料理人として考えるべきは、身体に優しい、安全な料理を出すこと!
 森住は、日本各地を巡って、天然の良い素材を探し、誇りを持って食べてもらえる、身体に優しいらぁ麺を追究した。森住のらぁ麺は、日に日に評判を呼び、1日700杯を売り上げる超人気店となった。すると、森住の“あくなき追究”の癖が頭をもたげた。自分で麺を打ちたい……。

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 早速、小麦粉の研究をはじめる。全国各地の産地を巡り、理想の小麦粉を探した。そして、北海道と信州の小麦の特徴を生かし、ブレンドすることで、思い描いた理想の小麦粉を手にした。
 製麺機を置くスペースを確保するために店を移転。1日も休まずに、麺作りに没頭した。
 そして、とうとう最高の麺を創り上げる。すると即座に、森住は思った。『この最高の麺に、このスープは釣り合わない!』
 行列のできる超人気店は休業。人気のスープをあっさりと捨てて、森住はスープの改良に取りかかった。

「麺が変わったから、スープも素材を変えるとか、素材によって時間を変えるとか。季節によっても素材を変えなければいけない。」と言うのが森住の考え。
2ヶ月後、森住は最高の素材から良いエッセンスが溶け出しているスープを完成。森住が思い描く、会心の一杯が現れた。  しかし、森住らぁ麺の進化は、終わったわけではなかった。
「森住さんが考えるスープが完成したのか?」と訊ねてみた。すると森住はこう答えた。

「今、最高です。これからもっと良くなると思う。これより以下には絶対できない。上手にスープを作る、上手に麺を打つ。これが職人が目指す最終的な目標だと思う。」
 職人として歩みを止めない。そんな森住のオフィスを訪ねた。そこには、森住の人生を変えたあのミッキーマウスがいた。

第三章・発信

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 ある日、森住のオフィスで会議が開かれていた。森住の中で、また新しいらぁ麺のアイディアが閃いていたのである。

「パスタが乾麺になって世界中に広まった。でもラーメンの乾麺はない。そこで、私たちと是非共同開発して、まずは日本の百貨店に並べられるようになれば、と。」森住はその熱い思いを開発担当者に語っていた。

 森住は、らぁ麺のステージアップのための、新しい展開を進めているようだ。彼の思惑は、日々前進している。
 開発担当者の説明にうなずきながらも森住は自らの夢を語った。「乾麺にして高級感を持たせれば世界に発信することが出来る。伝統、手法、文化、そう言ったところにラーメンが参入できれば進化だと思う。」

 らぁ麺が、日本の文化を担って世界へ発信される。自らその道しるべになりたい……。
 アイディアは、泉のように、次々と沸いてくる。

「実は今考えていることがある」と森住はそう言って、靴を手にしている。それがラーメンに、結びつくのか……?

「足は職人にとってすごく大事。足や腰が十分でないと良い仕事が出来ない。全身使うので、夏は発汗、で冬は冷えと、足下から色々なものが来る。一日立ちっぱなしだと足が熱を持ったりする。」と森住は言った。
 0・1秒縮めるために、アスリートはシューズを作る。料理人のための靴があってもいいじゃないか。

「もしこの思いが形になったら、地球上の我々と同じ職人を何人も救える。足が立てなくなった職人を何人も見ている。立てなくなる恐怖は職人にとってこ切ないもの。」と語る森住。
 これも大真面目な、ラーメン地位向上のための、一歩なのである。

「世界が認める一品を開発して、世界に発信する手伝いをしたい。経済ももしかしたら、多少なりとも回復するかもしれない。そんなことを肌で感じている。もう一度メイドインジャパンを発信させる良い機会になればと思っている。」とその熱い思いを森住は語った。
 足元から、常識を変えてゆく。この男は、ラーメンから見えてくる世界のすべてを、創り上げてしまうつもりだ。

【店舗情報】

【ちゃぶ屋】
住所 /東京都文京区音羽1-17-16中銀音羽マンション101
アクセス /東京メトロ有楽町線護国寺駅徒歩3分
駐車場 /なし
電話 /03-3945-3791
営業時間 /ランチ 11:30〜15:00 ディナー 18:00〜22:00
席数 /16席
定休日 /火曜日
サイト http://www.chabuya.com/

【MIST(ミスト)】
住所 /東京都渋谷区神宮前4-12-10表参道ヒルズ本館3F・M316
アクセス /東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線表参道駅徒歩3分
駐車場 /表参道ヒルズ内にあり
電話 /03-5410-1368
営業時間 /11:00〜24:00(L.O.23:00)
席数 /21席
定休日 /なし
 
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