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フリースタイルモトクロスライダー/鈴木大助(すずき・だいすけ)
1981年2月25日生まれ(27歳)
宮城県出身
3歳の頃から父親の影響で子供用バイクで遊ぶようになり、小学4年生の頃からモトクロスレースを本格的に始める。小学5年生のとき、最年少で東北チャンピオンとなり、その後中学3年生までチャンピオンの座を守る。高校1年生で国際B級ライセンス取得、全日本年間ランキング4位となった高校3年生のとき、国際A級ライセンス取得。その頃、アメリカのフリーライドに出会い衝撃を受ける。2002年、アメリカカリフォルニアで開かれたフリースタイルモトクロスの試合「ベーカーフィールド」に参加。2004年から本格的にプロフリースタイルモトクロスライダーとしてアメリカやフランスなどで海外経験を積む。2005年2月の日本初のフリースタイルモトクロスの競技イベント「AIR-X」に参加し見事世界チャンピオンに輝く。日本のフリースタイルモトクロスの牽引者として、オリジナルの大技の開発に挑む。
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※2007年4月29日 初回放送
※2008年3月16日 第1回再放送
第一章・操る
土埃にまみれながら大地を疾走していたライダーが、ある時 空に憧れて、空中高く かっ飛んだ。その名は『フリースタイルモトクロス』。
2005年2月、日本初のフリースタイルモトクロス国際競技大会が開催され、この新しいジャンルのモータースポーツも、 いよいよ本格的な幕開けを迎えた。バイクを自在に操り、空中に飛び出してトリックと呼ばれる驚異的な技を披露。決められた競技時間の中で、その難易度と完成度を競い合う‥‥
その競技大会の中、ひときわキレのいい演技で会場を魅了した日本人ライダーがいた!
世界のトップライダーを抑え、栄えある優勝を手にした―鈴木大助。
「優勝って聞いたときはビックリですよね・・・マジで、と思って」と当時を振り返る鈴木。
鈴木が得意とする技のトップ3―、
まず一つめは『ロック ソリッド』。
『ロックソリッド』とは空中でハンドルを放し、ライダーはバイクと平行に飛ぶという技。
次は『ツナミ』。
空中に飛び出して、逆立ちの姿勢を取り、津波の波頭(なみがしら)をイメージした形になる技が『ツナミ』。
そしてもう一つが『バックフリップ』。
『バックフリップ』とは重量のあるバイクごと後方宙返りをするという大技である。
これら難易度の高い技を、鈴木は見事な完成度で披露し、他の選手を圧倒してチャンピオンとなった。
鈴木のそれぞれの技を、詳細に検証するため、鈴木大助の『ロック ソリッド』と別の選手のをそれぞれ比較。
別選手の『ロックソリッド』をスローモーションで見てみると左手・右手と順番にシートを掴んでから手を広げ、再びシートを掴み直してハンドルに戻り、着地する。
実はこれが、『ロック ソリッド』の基本形。
鈴木大助の『ロック ソリッド』はこの基本形に工夫を加え、より難易度の高い技にしている。
鈴木の『ロック ソリッド』はハンドルからいきなり両手を広げ、バイクと平行に飛ぶ。そしてシートの後ろを掴み、身体がピンと伸びたところでスプリングが縮むような姿勢でバイクに戻り、着地するのである。
充分に加速のついたバイクは、運動の法則に従って、ライダーよりも先に、前に飛び出してゆこうとする。
そのとき鈴木は、バイクを蹴って跳び上がり、両手を離して広げる。するとバイクは、鈴木よりも先行して前へと飛んでゆく。
鈴木は、胸の真下に来たシートの後ろ部分を掴む。「固めるんですよね、一旦ここで固めるんです。」と技のコツを語った。
この瞬間、鈴木はバイクをしっかりとホールドし、バイクと自分のスピードを一致させている。
そして次の瞬間、腕を引いて加速をつけ、ハンドルを掴んで飛び乗るのである。
あのような技は誰にも教えてもらわなかったのか?との問いに「そうですね、そう言われてみれば誰にも教えてもらってないですね。何時覚えたのかも定かではないですね。」と鈴木は答えた。
鈴木は、地上とは全く違う“法則”が支配する空中で、体勢を自在に変えるコツを、ほとんど感覚で掴み、技に改良を加えて、難易度を上げていたのである!
さらに、『ツナミ』も、鈴木はより高度にしていた!
これは他の選手の『ツナミ』と、何処が違うのか‥‥?
鈴木の『ツナミ』を、スローモーションで見てみる。
空中でのフィニッシュのポーズを比較すると、その違いがよくわかる。画面左側の鈴木は、頭の位置が肩よりもずっと、進行方向後ろにあり、体が伸びきっている。
鈴木の『ツナミ』を、1秒間に1000コマ撮影できる超高速度カメラの映像で捉えてみた。
ともすると、そのまま一回転してしまいそうな勢いで逆立ちの体勢になり、その姿勢をしばらくキープ。そして頭を反り返らせて、体勢を元に戻してゆくのである。
いったいどうして、あのような倒立姿勢を保つことができるのだろうか?
「飛んだ後にポンって跳ねるんですけど、飛んでお尻を、腰を上にやったときにバイクの前輪が上がるような体勢になるんですね。これでブレーキをかけている状態ですよね。腰の行く限界を。これで止まっている状態ですよね。ビヨーンって上がって行ってハンドルの上に逆立ちしている感じですね。」とバイクでジャンプしている状態を説明する鈴木。
手首にブレーキレバーが引っかかる角度を目安にして、腰の位置を定め、グングンと前方に進んでゆくバイクよりも遅れ気味に速度をキープすることで、反対側に倒れ込まずに、絶妙な体勢を保つことが出来る。
海外のイベントにも出場している加賀明(かがあきら)選手にも挑戦してもらった。
しかし加賀選手は、空中で倒立姿勢を取ることができなかった‥‥
「上げるためにはどうしたらいいですか?」との問いに加賀は「これはもう蹴りだよね。ステップを蹴って足をどう上げるか。それを徐々に脚をこう上げていく」と答える。
続けて鈴木も「あとはハンドルの位置。身体がちょっとでも後ろにずれたら、バランスが崩れて上にはもう行かないんだよね。身体を前にやるというよりも、鉄棒みたいにバイク自体を後ろに引いて。」と話す。
スーパースローの映像で鈴木の体とハンドルの位置関係に注目すると、鈴木は、まるで鉄棒の上で倒立するような体勢を取り、体を回転させる半径を最小限にすることで、抵抗を受けずに、バランスを取りながら逆立ちができると、感覚で捉えているのである。
そして鈴木は、逆立ちをするとき、バイクの車体が生み出すエネルギーを利用して、足を蹴り出しているという。ジャンプ台を駆け上る、バイクの前輪の状態に注目して欲しい。
「そのランプの、サスペンションが跳ね返ってくるんですけど、跳ね返ってくるチカラを感じたら、そのまま、その勢いを身体に伝える感じですよね。で、ピョンって跳ねる。ただ跳ねるよりもバイクのチカラを利用したほうが早く飛べる。」と鈴木は語る。
スーパースローの捉えた映像で見てみると、バイクがジャンプ台を駆け上るとき、前輪のサスペンションは、一杯にまで圧縮される。そして、頂点を越えるとサスペンションは一気に解放されて跳ね返る。鈴木はその反動を利用して跳び上がっていたのだ。
1秒に満たない、ほんの一瞬の間に鈴木は、空中を支配しているあらゆる物理的な法則を利用し、精度の高い空中姿勢を作り上げていたのである。
しかし、鈴木大助の凄さは、これにとどまらない――さらに高度なテクニックが隠されていたのである‥‥!
人呼んで『生まれながらのライダー』!フリースタイルモトクロスの鈴木大助は、空中を支配する“物理の法則”を巧みに利用して、完成度の高い技を生み出している。
あらゆる技の成功の鍵は、ランプと呼ばれるジャンプ台を飛び出す、その一瞬に集約されている!
バイク上で倒立し、波頭を形づくる『ツナミ』。この技の場合、ランプからテイクオフする瞬間の、エンジン操作がキイポイントとなる。
ランプを飛び出した直後の、バイクの姿勢に注目してみると、バイクは、ランプが描く弧の延長線より、前に傾きながら飛んでゆく。「リアタイヤが、飛び出すちょっと前にアクセルを戻している感じですよね。」と鈴木。後輪がランプを抜け出す瞬間、アクセルレバーを戻し、エンジンブレーキをかけているのだという。
「エンジンブレーキがかかって、上げっぱなしだとこう飛んでいくじゃないですか。戻すと、ここで軽くエンジンブレーキがかかって、こういうふうにカーブを描いて飛んでいくんです」と鈴木はバイクでジャンプするときの状況について語った。
着地点は、下りの勾配なので、バイクの前方をなるべく下げておかないと、バランスを崩して転倒する危険性が増す。そのため、まずはアクセル全開でランプを駆け上り、前輪がランプを飛び出した一瞬を捉えてアクセルをゆるめる。エンジンブレーキが掛かり、バイクは加速を削がれて前に傾く。
さらに、エンジンブレーキが掛かると、バイクのスピードは一瞬にして落ちるが、乗っているライダーは『慣性の法則』で、そのままの速度で前に投げ出されてゆく。車に乗っていて、急ブレーキを掛けたときと同じ状況である。鈴木は、その反動を利用して、倒立するために跳び上がっていた。
「これも、この間知ったんですね。あ、そうなんだってことが判明・・・考えてもいなかったですね。」と鈴木。「身体ではやっているんですけど、分からない感じ。身体が勝手にやっている感じ。」と続けた。
実践練習を重ねているさなかに感覚で身につけたテクニックが、すべて、理に適っていたのである
フリースタイルモトクロスの技の中で、最も難易度が高いのが、『バック フリップ』。
重量のあるバイクの回転のさせ方を誤ると、大怪我に繋がる。競技会に出場する選手でさえも、失敗する例は少なくない。
「バックフリップって、飛び出すじゃないですか。何も見えないんですよ。空中飛んでる間、半分が着地が見えない状態なんですよ。だから回ったとき着地が見えないときは、このままの回転速度で着地に付くのか、それとも見えないまま頭から落ちるのか分からないので・・・」と鈴木もその技の難しさを語る。
前輪に取り付けた小型カメラの映像で、ライダーの視界をイメージした。
バイクに、どの程度の回転を掛けるか、その加減は、ランプを飛び出す一瞬のバイクコントロールにかかっている。
スーパースロー映像で、その飛び出しまでの動作を検証してみた。
『バックフリップ』の時に見たように、通常バイクは、ランプを飛び出す寸前にアクセルをゆるめてエンジンブレーキをかけ、前方部分を少し下げる軌道をとる。
しかし、『バック フリップ』の場合、前輪がランプを飛び出す直前から、ハンドルを思い切り 引く動作をしている。「ま、気持ちウィリーみたいな感じですよね。」と鈴木は説明する。
『ウィリー』とは、バイクを急加速させ、前輪を浮かせて、後輪だけで走行するテクニック。
『バックフリップ』はこの『ウィリー』の姿勢で、バイクは後方回転をはじめながらテイクオフする。
「そこでウィリーするチカラをかけながら、アクセルを上げてあげる・・・最後の最後の面ですね。いつも普通に飛ぶときは戻してる場所で、上げたまんまバイクを回転させるチカラをそこでかける感じですね。バイクを上に上げて身体が下に潜り込む感じですね。」と鈴木は話す。
後輪がランプを抜ける直前を捉え、アクセルを全開にして、体を後ろに思い切り引く。この一瞬の加速と体重移動で、バイクは後方回転しながら飛んでゆくのである。
この、後輪がランプを抜ける直前 というタイミングをどう掴むのか?鈴木は「音で、僕は変えてますね。抜けるときの音、ブーワーンってチカラがかかっているときの音から、空転の音に変わるんですよ。そのタイミングが大体引くタイミングですよね。」とそのランプを抜けるタイミングをつかむコツを語った。
エンジン音が変わるタイミング・・・鈴木は、バックフリップを飛ぶ前、一度、助走からテイクオフまでのリハーサルを行っている‥‥
そして、スタートからランプまでのエンジン音を「ブーーン」と口で真似る。
エンジン音が変化する直前のタイミングを 音で捉え、そのリズムを感覚に刻み込んでいるのである。
鈴木は、変化するエンジンの音をリズムとして感覚で覚え、バイクを正確に操ってそれを再現することで、大技をいともたやすく成功させていたのである。
空中を支配する法則を味方につけ、技の難度を上げ、バイクを巧みに操って、正確に飛ぶ。それが、鈴木大助の才覚。
第二章・夢中
福島県の山の中にあるモトクロスコース。そのかたわらに、鈴木大助がホームグラウンドにしているフリースタイルの練習場がある。
鈴木は、遠征やイベントに出ていないときは、ほとんど毎日ここで練習に明け暮れている。
鈴木は満身創痍。大怪我は数え切れない。
「こっちとこっちの脚にピンが入っているんです。外側にピンで内側にプレートが入っている感じで。これが去年、バックフリップで回らなくて、転んで脚から落ちて、横剥いちゃって・・・」と鈴木は話す。
バイクに乗るときに影響がないのかという問いに鈴木は「多少ありますね。30分くらい乗っているとだんだん脚がしびれてくる。ランニングなんかも絶対出来ないですね。両足首がダメなんですよね。グラグラです。砂利道とかあるくとすぐ(足首が)ぐにゃんと・・・すぐひねっちゃって。靭帯がもう伸びちゃっていて・・・。モトクロスってブーツを履くんですけど、これがすごく硬いんで、これを履けば多少大丈夫ですね。身体だけはパーツが交換出来ないんで・・・どんどん蓄積されていきますね・・・・」と命の危機も経験済み。
「ジャンプでバランス崩しちゃって、技を入れたときに、転んだんですけど、そのときにハンドルがちょうど右の下腹に入っちゃって、外傷はなかったんですけど、お腹の中、腸の横が切れて、2リットル位内出血したんですよね、お腹の中で。イベント中だったので飛んで、終わってサイン会もして、なんかお腹が調子悪いなあ、といって2時間後ぐらいに病院に行ったら、もう大変なことになってて、もうそのまんま貧血で倒れて・・意識一瞬戻って、『いやもう死ぬかも知れないからとりあえず両親呼んでください』って言われて、焦りましたね。」と危機に瀕した時のエピソードを語った。
父親については「もう、自分がモトクロスを始めさせているんで何も言わないですね。」と鈴木。
鈴木大助は、人呼んで、生まれながらのモトクロスライダー・・・父の趣味がモトクロスだったため、3歳の時にはすでにバイクにまたがっていた。小学校入学と共にレースに参戦するという猛者だった。
モトクロスとは、整地されていないデコボコのダートコースで速さを競う、ヨーロッパ発祥のバイクレース。
鈴木は小学5年生で、最年少の東北チャンピオンとなり、以降中学3年まで優勝を独占。
「日曜日に友達と遊んだ記憶がないですね。あと運動会とか学芸会とか、たまにレースで出られない時がありました。」と鈴木は幼い頃のことを語った。
高校3年の時には、国際A級ライセンスを取得して全国を遠征。バイクはもう体の一部だった。
息抜きもまたバイク。鈴木は遊びで、フリースタイルもどきのジャンプに夢中になっていた。「小さいジュニアクラスのときからそのバイクを使って遊ぶっていうのか、コースをずっと走るんじゃなくて崖を探したりとか、ちょっと探検に行ったりとか・・・気持ちよく高くジャンプできるところをひたすら飛んでたりとか・・・」と当時を語る。
その頃。モトクロスバイクでパフォーマンスする、アメリカのライダーたちのビデオを目にした。「アメリカから、オープンエリアといってすごく大きい牧場を走ったりしている、そういうビデオがいっぱい日本に入ってきていたんですね。そういうビデオを見ていて、同じことやってるって・・・」と鈴木。
遊びでやっていたジャンプが、アメリカでは一つのジャンルとなっている!鈴木は、フリースタイルにますます夢中になった。
アメリカには競技大会があると知ると、鈴木は挑戦を決意。お手本にしたのは、アメリカから入って来る最新のビデオだった‥‥
2002年。満を持してアメリカ最高峰の大会の予選会、AIR-Xに出場。その頃には、ビデオで見たすべての技を、鈴木はマスターしていた。
首尾は上々!しかし‥‥結果は意に反して参加23人中17位と惨敗。本場の壁は厚かった。
「ビデオってどうしても遅れて日本に入ってくるじゃないですか。一番新しいビデオよりも遥かに進んでたんですよね。」と敗因を語る鈴木。
生まれながらのライダーのハートに火がついた!アメリカではすでに、重量のあるバイクでは実現不可能と囁かれていた かの大技を成功させている選手がいる。
「バックフリップだ。この技をマスターしなければ、世界のトップライダーに後れをとる!」鈴木は照準を定めた。
ホームグラウンドの練習場に、鈴木は友人たちと、大まかな見当で土を盛り、ジャンプ台を築いた。そして危険もかえりみず、無茶は承知の上で、最初のトライに踏み切った。
「斜面がちょっと・・・。今だったら出来るかもしれないんですけど、この時の技術ではちょっと難しかったんですよね。すごいアール(半径)が短くて、高さが低いジャンプ台で回ろうとしていたんですね。デカかったらできるんじゃないかって思って。その日の夜に電気焚いてアールを長くして、このぐらいなら出来るんじゃないかなって思って。その日の夜もひたすらこの失敗した時のビデオをスローモーションで見て、何が間違っていたのかを見たり、アメリカで成功している人がいるんで、その人の映像を見たり・・・」と鈴木。
1回目の失敗を見てみると、これまでのジャンプとは踏み切り方が違うのは判る。問題は、どのタイミングで、どんな体勢でテイクオフするかだ。
「とりあえず怖すぎるので早く回ろうと思っちゃうんですよね」と鈴木は失敗した瞬間の映像を見ながら話を続ける。
「これずっと飛んでますけど、この間に何分も何分もあるんです。どうしてかって言うとバイクが毎回壊れるんですよ。ハンドルが曲がったり、サブフレームが曲がったり、フェンダーが折れたり、身体も痛くて、みんなに直してもらって・・・でも最後は意地ですよね。」続けて鈴木は語る。「我慢、我慢、我慢がちょっとずつ。失敗した時点で、ああもうちょっとの我慢だった、て感じですね。」
そして、10回目の挑戦でついに鈴木は成功!
成功したときの瞬間を「10回目で成功したとき、飛び跳ねてたじゃないですか、嬉しくて嬉しくて。ふと我に返ったんですよ。そしたら身体中が痛くて、こんなに身体が痛かっけかな、というくらい痛かったですね。ビックリしました。」と鈴木は振り返る。
鈴木は、感覚で出来るようになったバックフリップに磨きをかけるため、アメリカ修行を決意。ある男の門を叩いた。その男の名は「マイク・メッツガー」。
鈴木は「マイク・メッツガー」について「ゴッドファーザーですね。もうフリースタイルモトクロスというカテゴリーを作った人です。」と語る。
「マイク‐メッツガー」は、鈴木をあたたかく迎え入れ、テクニックのすべてを教えてくれた。
マイクの練習場にはウレタンを積み上げた着地点が設置されていた。これなら痛くない。
怪我の心配をすることなく何度も跳びながら、勘だけでやっていたジャンプに理論的な裏付けを加え、一つ一つの手順を磨き上げていった。
そしてとうとう鈴木は、完全にマスター。「これだったんだ、って思って、すごい有難かったですね。で一緒にかなり喜んでくれて、ナイスな人でした。」とそのときの気持ちを語る鈴木。
3ヶ月の武者修行を終え、ホームグラウンドに戻った鈴木は、体得したバックフリップの精度を上げながら、さらに工夫を重ねた。
2005年2月、大阪。日本ではじめて開催される、フリースタイルモトクロス国際競技大会、「AIR−X」。鈴木大助は、ここぞとばかりに暴れ回った。
そして鈴木は、アレンジした2種類のバックフリップを披露。一つは、空中で片手を離す、ワンハンド・スタイル。
そしてもう一つは、片足をペダルから離すスタイル。鈴木はすべての技を完璧なパフォーマンスでこなし、他を圧倒して優勝の栄冠をもぎ取った!
それは、日本のフリースタイルモトクロスの新たな幕開けといえる、快挙だった!
第三章・もっと!
ホームグラウンドの練習場の近くに、鈴木大助が借りている一軒家がある。
居候を含めて3人での共同生活。そして、時にこの家は、フリースタイルモトクロスを愛してやまない若者たちが集う、国際チャンピオンの教習所になる‥‥鈴木は、ビデオを見ながら、技の解説をし、コツを教えている‥‥
仲間は「いつもビデオを見ながら大助に教えてもらっています」「ちゃんと分かりやすく丁寧に教えてくれる」と鈴木について語る。
鈴木は「やっぱり、フリースタイルって結局1人でやっていても面白くないですよね。何にしてもそうでしょうけれど、一緒に飛んでいる人の頑張り度合いですよね。何の技を練習していても、攻めているっていうのは絶対見て分かるんです。かなり攻めたって思うと、次に自分が攻めるパワーをもらえるんですよ。そこでまた自分も攻められるし、攻める人の中にいると、すごい攻められるという感じ。」と話す。
鈴木は、日本全国で開催されるイベントやデモンストレーションに参加しながら欧米各地に遠征してシーズンを戦うプロライダーである。
しかし、競技大会で順位を争うコンペティターであることに、特にこだわりを持っていないという。「身体で表現する、自分でやりたい形を突き詰めていく感じですね」と鈴木は語る。アメリカで生まれたフリースタイルモトクロスの技は、そのほとんどがアメリカ人選手が開発したものである。鈴木は、コンペティターとして順位を競うよりも、オリジナルの技を開発するライダーを志望している。いま完成しているのは、『タタミ』という技。「ツナミあるし、タタミでもいいかな・・・日本発ですね、誰もやってない。難しくないと思うんで、やる気になれば出来ると思うんですけど。」と自作の技について語る。
取り組んでいるのは、得意技となったバックフリップの高度な発展型だという。
「先の目標なんですけど、好きな技の一つに ロックソリッドとバックフリップを足してバックフリップロックソリッドを一番最初にやりたいですね。いずれ誰かやると思うんで、その誰かになりたい。」と抱負を語る鈴木。
それは、後方宙返りの途中で、ライダーがバイクから手を離し、バイクと共に回転しながら飛ぶという夢のような技。完成すればフリースタイルモトクロスの世界の、まさに大革命である。「2回骨を折るくらいであきらめたくはない」と鈴木。
宙を舞うことに、夢を馳せた26歳。空中を支配する法則に挑み、味方に取り込みながら、これまで人類の誰も目にしなかった風景をのぞきに行こうとしている‥‥きっとそこは、鈴木大助にとって、ここよりもっと面白い、ナイスな世界なんだろう‥‥。
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