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#95 『棚橋俊夫 大地の贈り物』
主人公 精進料理人/棚橋俊夫(たなはし・としお)
1960年7月1日(46歳)
熊本市出身


筑波大学で農業経済学を学んだ後、広告企画会社に勤務。テレビで滋賀県大津市の月心寺の庵主・村瀬明道が料理を作る姿を見て衝撃を受け、すぐに修行を申し入れ、27歳の時に弟子入り、丸三年一日も休まず修行を積む。1992年「月心居」を表参道にオープン。宣伝もしなかったため初日のお客は3人と、しばらく経営は苦しかったが、口コミで噂が広がり、評判の店となる。独自の感性と従来の精進料理の枠にとどまらない独創的な料理を展開、国内はもとより、海外でも注目を集めている

第一章・心

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自然が育んだ大地の恵みを、食事として頂く。人間が自然によって生かされているという事実―。その事実を何より感じさせてくれる料理がある。それが精進料理―。
日本の精進料理は、僧侶の食事として、およそ1300年の歴史を持つ。
その決まりは、仏教の教えにより、肉、魚など動物性のものは、食べてはならないという「殺生の禁忌」、そして、煩悩の元となる「精のつくものは使わない」という大きく2つある。
その為、精進料理は、野菜を中心とした大地の恵みで作られる。

そんな1000年を超える伝統を受け継ぎながら、新たな精進料理の世界を創造し、人気を博する店がある。店の名は「月心居(げっしんきょ)」―。
6畳の座敷二間と7席のカウンター。23坪という小さな空間で、精進料理を極めようとする男がいる。月心居の主人・棚橋俊夫。

精進料理の名刹、月心寺庵主・村瀬明道尼(むらせみょうどうに)のもとで、27歳の時に修行を始め、32歳で独立。月心居を名店へと育てあげる。独創的で、かつ高い精神性を兼ね備えた彼の精進料理は、海外でも高い評価を受けている。

棚橋は、今、最も注目される料理人の1人―。
そんな棚橋の精進料理は、アイデアで満ちている。旬の野菜を自在に組み合わせ、コラージュし、見た目の美しさと、深い味わいを共に追求する。棚橋の精進料理を食べた客は、美味しさと同時に、ある1つの不思議な感覚にとらわれる。
客は「身体が洗われたような気がします」と棚橋の料理を食べては言う。

棚橋の店にはメニューはない。料理に先入観を持たれたくない為である。
棚橋は己が目指す料理について語った。「私が一番注意していることは、首から上(頭)で食べる食事はもう終わりにしましょう、ということです。頭で食べる料理をずっと続けて摂っていると、首から下の身体が悲鳴をあげてしまう。私の作る野菜を中心とした精進料理は首から下の身体が喜ぶ料理。私が目指すのはまさに身体が喜ぶ食事です。」

棚橋の料理は、「ゴマ」をすることから始まる。一晩、水に浸した滋養溢れる生ゴマ。人とすり鉢とゴマの3つが1つになった時、初めて満足のいくゴマが生まれるという。すり上りは、目で見るのではなく、精神を集中させ、耳を澄まし音で確かめる。
「ほぼ擂れていますね。すり鉢の中で同じスピードで同じペースで、同じ円を描かないといけない。ゴマを擂る間の気持ちが平らでなければきれいにゴマは擂れないのです。これはお経を読むこと以上の修行になると私は信じています。」ゴマを擂る作業が彼にとってどんなことなのか棚橋は語った。
均等に円を描かなければならない。尊い修行。ゴマ豆腐作り。そこには、精進料理の哲学が詰まっている。
「ゴマを揉みだしています。チカラを入れてますよ。これは1粒1粒を無駄にしない、ということです。この中にゴマの粒がいっぱい詰まっています。粒が小さいだけに、無駄にしてはいけない。」1本の野菜も、1粒の米も、大切に扱い、無駄なく、一切をありがたく生かしきること。それも全て精進料理では修行とされる。棚橋はゴマの1粒すら無駄にはしない。

次にゴマ豆腐を固め、独特の食感を出す為、吉野葛を入れる。
棚橋の厨房に機械は一切ない。手間隙かけて調理をすること。これもまた精進料理の修業の1つ。休むことなく、ひたすら練りあげる。冷やし固めること2時間―。ようやくゴマ豆腐が完成する。
精進によって生まれたゴマ豆腐は、滋養に満ち、棚橋が目指す「身体が喜ぶ料理」となった。

精進料理の食材は、京野菜を中心に取り寄せる。
その日届いた京野菜を「これは嫁菜という菜っ葉です。お味噌汁の具に使います。これは人参の葉っぱ、人参が出来ていないときのものです。これは関西ならではのお豆です。関西では炊き込みご飯とかにしますね。春になるとみんな楽しみにしています。蕨も春らしい色できれいですね。木の芽も立派な箱に入ってキレイに詰まってます。」と言いながら見せた。

四国で、春に旬を迎えるシュガートマトを棚橋は料理に使う。まずは、シュガートマトの皮を剥く。
旬のものを使う理由について、「食材が一番、食べて欲しい、というエネルギーを出している時だから、身体にいいという事に繋がるのです」と棚橋。
「本当にシンプルにトマトそのものの味を味わって頂きたい、皮も再利用します。これは蕨、下に敷きます。」と皮までも料理に使うという。
そのまま食べることよりいいのですか?との問いで「全部そのままだと、サラダになってしまうので、結局、出汁のバランス、蕨とのバランス、寒天の食感、それも一緒に楽しめる。違うものが一緒になってトマトも生かされるのです。そしてこれは、湯掻いた人参菜です。」棚橋はそう言いながら、刻んだニンジン葉のゴマ和えで、あっさりとした寒天の食感に深いコクを与える。こうした調理の創意工夫も、精進料理の修業の1つとされる。

さらに「これは、赤ちゃんのアスパラです。そしてこれが先程のトマトの皮。ちょっと高温で揚げます。」と棚橋。食材の全てを有難く頂く精進の心。トマトの皮も無駄にはしない。「実と皮の間が1番、美味しいのです。」と棚橋は言う。
様々な食材を合わせることで、旬を迎えたシュガートマトの魅力をより一層引き出した。

次は、春に旬を迎える野菜の中で、王様ともいうべき筍―棚橋は筍も全て無駄にせず調理をする。
まず棚橋は、筍をまるごと水だけで茹でる。このまま茹でるだけですか?との問いに「茹でるだけです。何も入れません。よく筍を茹でるときに、米の糠や鷹の爪を入れて炊く人がいますが、そうすると折角の筍の良さが、糠によって死んでしまうのです。」と棚橋は答えた。
筍という素材の全てを味わう。それが棚橋流の調理法―。「皮をむいたら意味が無いんです。皮の間に旨みがあるんです。身も確かに美味しいですよ。でもやわらかい皮、姫皮と言いますが、それがとても美味しいですね。」そして、昆布だしと、しょうゆで味付け。エグみのあるタケノコの皮までも共に茹でる。「姿のまんまです。切って出来上がりです。」タケノコの姿煮―全てを無駄にしない精進料理の神髄ともいうべき逸品。

「きれいに取れましたね、身は全部召し上がってください。」と棚橋は客に話しかけた。「かぶりついてください。柔らかいはずです。 今度は皮を一枚一枚しゃぶってください。」というと「食べられるね。」と客も笑みをこぼす。捨てられることの多いタケノコの皮―。棚橋は、その旨さをも引き出した。

さらに棚橋は、一杯のお椀で、春を味わいたいと考えた。その素材となるのが山菜。春には、旬を迎える野菜が少ない。それを補うように、山には山菜が芽吹く。
「これは、本当に素晴らしいことで、植物は隙間無く、ありとあらゆる食べ物を我々に提供してくれています。味はね、食べなれていないから、決して素直に美味しいとは言えないかも知れない。それをあえて春の今しかない野のチカラ、山のチカラを頂くということは、非常に重要なことなのです。」

“山の力を頂く”その為に、数多くの山菜を、1つのお椀に盛り込みたいと棚橋は考えた。しかし、山菜は味にクセがある為、多くを1度に味わうのは難しい。そこで、棚橋は、海のモノで作る出汁で、山菜との味のバランスをとった。
「カツオは使いませんので、これが勝負ですね。」棚橋は、山菜の苦味、海草スープの深み、そこに甘みをたすため、百合根とそら豆を湯葉で巻いた椀種を作る。「山菜だけ食べ続けていたいという訳ではないので、サポートするために、しっかりした椀種が必要なのです。」と棚橋。

椀種を油で揚げることで、お椀全体に香りとコクが加わる。
「ここにおつゆを入れます。」とつゆを入れ、そして仕上げに棚橋は、野セリのアンカケを上にかけた。山の恵みが詰まった春を味わうお椀が完成した。この一杯で、大地の力を頂くことが出来る。
「野菜、植物、この素晴らしい奇跡の恩恵・・・をもっと感謝をもってありがたく頂くことから始めないと・・・、その次です、『肉食べたい』『魚食べたい』と言うのは。」と棚橋は言った。
無駄なく一切を有難く頂く棚橋の精進料理―。創意工夫を重ねた末、彼は驚くべき料理を生み出した。

精進料理の店・月心居―。この店の主人であり、料理人である棚橋俊夫の1日は店の掃除から始まる。
1000年以上の歴史を持つ精進料理―。棚橋は、この店に寝泊りをして、独自の精進料理を追及している。
「古いものをしっかり勉強しないといけません。それが分かった上で、一回壊して新しいものを自分なりに作ってみる・・・。これこそまさに精進なのです。」と棚橋は言う。精進を続ける棚橋は、創意工夫に満ちた料理を生み出す。使う素材も常識にとらわれない。

イチヂクもその1つ。「私はこれが好きで、よく“おかず”に使うんです。果物を料理に使うことは非常に多いです。」
棚橋は、イチヂクに塩を振る。果物を野菜と区別しないんですか?との問いに「どちらも同じです。同じ植物です。人間が勝手に区別しているだけです。」そして火にかける。熱を加えることで、イチジクの甘みは増す。
イチジクに合わせるのは焼き茄子。「茄子の皮をむきました。ドロドロに潰します。焼き茄子をつぶすという方法をよくやるんです。とても食べやすくなるし、甘みも増します。しょう油をかけて食べるのも美味しいですけど、それだけじゃ飽きちゃいますしね。一工夫しないと。」と言いながら、皮を剥いた焼き茄子をすり鉢で潰した。

棚橋は、茹でたトウモロコシも料理に使う。「あんまり使わないですね。」精進料理ではあまり使われない食材だという。トウモロコシも磨り潰すことで、甘みが増す。
どんな料理となるのだろうか?想像がつかないと言うと「それぞれが単独で充分美味しいんですよ。美味しいけれど、一つのお椀の中の狭い世界で色んな可能性を追いかけることは、組み合わせを上手く使うことなんです。」と答えが返ってきた。

昆布出汁で薄めたトウモロコシと茄子をお椀の中で1つにする。
茄子、トウモロコシ、そして、イチジク。3つの素材のそれぞれの甘みが、小さなお椀の中でハーモニーを奏でる。棚橋は、今まで誰も味わったことのない料理を生み出した。

こちらも他では見られない棚橋ならではの精進料理―。使われているメインの素材は、アップルマンゴー。
棚橋は、この南国のフルーツも、“おかず”に代えてしまう。塩を振ることで甘みを引き出し、コショウで味にアクセントをつける。
「胡椒はお肉のためだけにあるのではない。こういう、果物にも使います。マンゴーには大葉がまた相性が良いのです。」と、棚橋は水で溶いた小麦粉を薄く延ばし、ごま油で揚げる。
「衣が旨みを包み込みますからね。はい出来上がり。」棚橋いわく、フルーツは温めることでふくよかな甘さを持つのだと言う。「紫色のサツマイモ、それに揚げたマンゴーをこうして立てて、更にこの上から出汁と併せたゴマだれをかけて・・・」見た目も美しいマンゴーの天ぷらの完成。独創的な棚橋の発想が、また新たな精進料理の世界を拓いた。

続いて、棚橋が用意したのが山菜。「これが僕の大好きな、“ミズ”です。」棚橋はこれでデザートを作るという。
棚橋は「デザートで楽しめるフレンチやイタリアンの影響もありますけど、あんな自由に作っているところを見ていますと、日本でも、もっと作って良いんじゃないのかな、と。 ある材料で出来ないかなと。」と言う。
“ミズ”について「シャキシャキして粘りがある 普通は、ヌタ、和え物に使われるのがほとんどですね。」と棚橋。

続いて棚橋が調理した素材は百合根。百合根は、柔らかな甘みともっちりとした食感が持ち味である。
シロップに浸しておいたミズとイチゴ、そして、うすい豆。それらを百合根に混ぜる。
「“ミズ”に、裏ごしした百合根と併せます。イチゴも入れます。次にうすい豆。お砂糖ちょっとと塩少々を加え、よく混ぜ合わせます。」百合根、イチゴ、ミズ、様々な味わいが口の中で広がる、植物だけで出来た棚橋のデザートが完成した。

「人間のために、最高のものを植物たちから授かったんです。それでも充分命は繋げるはずなんです。それ以上のことは必要ないし、それ以下もない。植物としっかり正しく向き合っていれば我々は幸せになれる、 そこに到達したんです。」己と向き合い、植物と向き合うことで生まれる棚橋の精進料理。伝統を受け継ぎながら、独特の発想で新しい世界を生み出す。
そして…最後に…。「はい今日はどうもありがとうございます。今日のお野菜です。」と渡された紙。
それはこの日、頂いた野菜の一覧表―。これぞ棚橋のココロ。

第二章・偶然

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お店が休みとなる日曜日―。棚橋は気分転換の為に、決まって町に出る。この日は、新しい着物が出来たということで、馴染みの店へ入っていった。

ファッションが趣味という棚橋が、最も気になるのが、色使いだという。
「着物も料理と同じことなんです。素材は色々あって、その色の合わせ方も色々あって・・・・その組み合わせで料理も、着物の世界も通じることが沢山あると思うんです。」

サラリーマン家庭の次男として生まれた棚橋―。
母は、いつも工夫を凝らした料理を、食卓に並べてくれた。そんな母の料理を食べるのが何より大好きだった。「こういう料理があるのか!本当に飽きさせない料理で、食卓を囲むのが楽しみで仕方なかった。」と子供の頃を振り返る。

工夫を凝らすことの楽しさを知った棚橋は、大学を卒業後には、クリエイティブな仕事に、就きたいと考えた。
選んだ職場は広告関係の会社―。クリエイティブな仕事と期待していたが、仕事は単調なものばかり。理想と現実の狭間で思い悩む日々が続いた。

その頃、偶然、見た有名な精進料理のお寺「月心寺」のドキュメンタリー番組が棚橋の運命を変える。右半身が不随という尼さん・村瀬明道が、全身全霊で精進料理を作る姿に心打たれた。
「それを見て、非常に衝撃を受けて、ここ(月心寺」で勉強したいという気になったんです。今にしてみると、 なぜあそに行ったのかと皆さんに聞かれるのですが、やっぱり、師匠との目に見えない深いご縁があったからなのでしょうね。」

思い立ったら行動は早い。棚橋は、荷物をまとめ、修行を願い出る。当時、27歳―。出遅れた分を取り戻そうと、必死に修行に励んだ。料理の腕は瞬く間にあがった。そのことが嬉しく、気分良く包丁を使っていた棚橋は、庵主から、思わぬ叱責を受ける。

「包丁を離せ」

その意味を棚橋はこう話す。「自分では包丁で切ること、刻むことに酔っていたんですね。それはむしろ自分だけの世界で、野菜にしてみれば迷惑な話で。切ったところで美味しいものが出来るとは限らない。」
素材と向き合うことなく己の心のみで、包丁を使うという過ち。庵主は、精進料理において最も大切な心を棚橋に説いた。

3年の修行の後、棚橋は東京で店を構える。精進料理の素晴らしさを東京の人たちに伝えるのが自らの使命だと信じ、意気揚々と店を始めた。しかし、一向に客は集まらない。1年、2年と時間だけが空しく過ぎていった。
魯山人の流れを組み、棚橋と馴染みの深い茶道家・井関さんは、当時、このような感想を持ったという。「やはり月心寺で倣ったものがそのまま踏襲されて料理として出てきただけ。精進料理としては美味しいけれど、現代の料理としては二度と行こうと思わない・・・」
しかし、棚橋は東京の表参道で、滋賀のお寺と同じ精進料理を出しても、店は繁盛しない。そのことは分かっていたが、変えるつもりはなかった。
「『野菜だけで素晴らしいんだ、他の料理はたいしたこと無いんだ』と思っていても、周りからはそうは思って貰えなくて 非常に辛い時代を長い間過ごしました。」と棚橋は当時の思いを語った。

「庵主が教えてくれた伝統ある精進料理の魅力を伝えたい」その思いばかりが空回りし、出口の見えない日々が続いた。
しかし、転機は再び偶然、訪れた。それは、正月用の黒豆を作っている時のこと。煮崩れした豆をよけていると、精進料理のココロが頭をよぎった。“素材を無駄にしてはいけない”。
棚橋は、その豆でアンコを作り、そして、酸味の強いリンゴを添えてみた。黒豆とフルーツとの組み合わせ。それまでの精進料理の常識では、考えられないデザートとなった。

客の反応は意外だった。
井関氏はその食べた瞬間についてこう語る。「食べたときの美味しさと言ったら、これは凄いな、と思いました。お正月に食べる黒豆というのは、蜜が付いていて、甘くてそのまま食べて充分価値があるもの。そこにあえて少し酸味のあるリンゴを併せたというフレッシュな感覚ですよね。」

そして棚橋は喜ぶ客の顔を見て、何より大切なことを悟る。「自分の視野を狭くして自分に酔ってしまってはいけない。」
素材の全てをありがたく頂く。そんな精進料理の原点に立ち戻った時、伝統に縛られていた自分だけの世界を飛び出し、創意工夫溢れる料理を生み出すことが出来た。
それは、己の世界のみに酔っていた時、庵主に言われた言葉、「包丁を離せ」という教えに繋がっている。

視野を広くし、素材と向き合った棚橋は、赤だしにトマトという、意外な組み合わせのお椀を始め次、次と独創的な料理を生み出す。偶然が生み出した運命を自らの使命に変え、前進する棚橋。
今日も彼は新たな精進料理の地平を、切り開いている。

第三章・行脚

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精進料理の素晴らしさを広めようと、店を開き、今年で15年―。棚橋の心には、今、ある思いが募っている。
「お客様も沢山いらっしゃるようになって、精進料理のイメージも大分変わってきたと思う。 “これからどうすべきか”が今の私のテーマでもあります。 ここでいくら良い料理を作っていても、本当に僅かな方にしか召し上がっていただけない。 自分から自ら歩いて、一軒一軒回らないといけないと思う。」

棚橋の姿は、この日、秋田にあった。精進料理の世界を広めようと彼は、日本中を飛び回っている。今回、向かった先は市場。この市場で小さな試食会を催す。「市場にくるのは嬉しいですね」まずは材料の下見―。

入ったのは一軒の店。棚橋は山菜を、10年以上、この店から取り寄せている。

「すごい沢山、山菜が出る季節になりましたね。」と棚橋が店の主人に言うと、「ようやく雪が解けて春になって、こういうのが出てくるとちょっと 心がうきうきしますね。」と主人も答える。
「“ほんな”は和え物にするのですか?」と棚橋が主人に尋ねると、「お浸しか天ぷらですね。」と主人は答えると「このくらい刻んでね、油で炒めにするの。醤油かけて食べると美味しいですよ」と棚橋の料理を主人に伝授する一幕もあった。

そして市場の一角を借りて小さな試食会―。「このあたり材料を入れて油炒めしようと思って」と棚橋。
集まった女性たちは口々に「もったいない」「香りも抜けてしまう」と言う。
地元の女性たちは、その山菜を、湯掻いて醤油をかけて鰹節とお塩で食べたり、天ぷらにすることが多いという。
棚橋は炒めた山菜に、マンゴーを合わせる。
棚橋の料理を食べて「油で炒めたのが美味しい」と感想を言う女性たち。棚橋は、こうして人々が精進料理と触れる機会を作ることこそ、何より大切だと考えている。

棚橋は、秋田でどうしても訪れたい場所があった。
行った先は、山菜を仕入先に下ろす農家の山。調理場にいては分からない、山菜が山に芽吹く姿を、1度、見てみたいと考えていた。

「土筆がいっぱいですね・・・・これがヤマウドのカラだ」「アイコちゃん・・・山菜ってアイコとかヒデコとかいっぱい女性の名前が無いですか」「これはコシアブラ。これって別に何か手入れしている訳ではないんですか?」「いっぱいある、これ全部食べられるんじゃないですか!?本当に自然にこうなっているの?」「行者ニンニク、本当にニンニクの匂いがする!」山に入った棚橋は大地に芽吹く山菜を見つけては驚きと感動を隠せない。

山の恵みに触れることで、棚橋の心は、1つの思いで満たされた。
棚橋は「此処何にもないように見えるから 何でもある。食べきれないくらい食べ物がある。山の恵の深さをもっともっと知らなきゃいけないと思いますね。」と決意を新たに堅くした。
「今年もよろしくお願いします。どうもありがとうございました。」感謝しながら、最後に棚橋は御酒を大地に捧げた。豊かな自然に抱かれて生きる人間という小さな存在―。山の懐で、そんな大いなる世界の存在を棚橋は感じた。

今日も、棚橋の精進料理作りが始まる。日々、己を磨き、精進を重ねる。彼にとって精進料理は、単なる料理ではない。

「野菜中心の食事にすれば身体は清まります。“環境はどうなるか”と言ったら野菜中心の食事にすれば自給自足が出来るんです。非常に多くなっていく地球の人間が養える訳です。地球のことを考えると目に見えて環境が悪化して、健康が脅かされて、色んな問題が起きている。その問題に対して、少しでも役に立ちたい。何よりもこの精進という二つの文字が本当に正確に理解された時には、そういう問題がかなり解消されると本気で思っているんです。」最後に棚橋はそう思いを語った。

精進料理人・棚橋俊夫。大地からの贈り物を、人に美味しく届ける男。

 
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