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競泳選手/中村礼子(なかむら・れいこ)
1982年5月12日生まれ(25歳)
神奈川県出身
水泳を習っている兄の影響で3歳から水泳を始め小学1年で競泳を始める。日本大学時代、アテネオリンピックで200メートル背泳ぎで銅メダルを獲得、当時の日本記録を更新した。さらに、2006年のカナダのパンパシフィック選手権では200メートルを2分8秒86で金メダルを獲得。自身の持つ日本記録を1秒02も縮め更新した。今年3月にメルボルンで行われた世界選手権では、100メートル、200メートルともに銅メダル。100メートルは日本記録を更新した。2006年、200メートル背泳ぎで世界ランク1位。現在、来年の北京五輪に向けてさらなるスピード強化に努めトレーニングに励んでいる。東京スイミングセンター所属。 |
第一章・抵抗
アテネの空の下に降臨した勝利の女神は、ニッポン競泳陣になんと8度も微笑んだ! そして、国際大会ではじめて決勝に進出した女子背泳ぎ・中村礼子も、この銅メダル獲得を機に目覚ましい活躍をはじめた。
中村礼子は、2006年国内最優秀選手。同じ年、女子200メートル背泳ぎで世界ランク1位となった!
「もっと無駄の無い泳ぎをしていきたい。まだ完成形はではないので、無駄な泳ぎを省いていけば記録は伸びると思っています」と中村は言う。
現在、女子背泳ぎの全種目で日本記録ホルダーとなった中村を指導しているのは、北島康介のコーチでもある平井伯昌。この水泳界の名伯楽との出逢いで、世界のトップスイマーの仲間入りをした中村礼子の泳ぎの特徴は、レース後半の勝負強さにある。
持ち前の持久力に加えて、スタートから一貫して無駄のないフォーム、そして的確に水をキャッチすることができる高い技術が、中村の強さを支えているという。
中村のテクニックを様々な角度から検証してみよう。比較のため、インターハイ出場の経験を持つ矢ヶ崎萌美選手にご協力を願った。水を掻くふたりの手の動かし方に注目して欲しい。
中村は、水面に近い浅いところを掻いている。中村と平井コーチにこの比較映像を見てもらった。中村は、自分の泳ぎ方について、「浅く(掻く)というよりは、深いとその分、道のりが長くなるので、すぐ水を掴めるように無駄な道を省いた感じの泳ぎなんですよね」と話す。一方、平井コーチは中村の泳ぎについて、「中村礼子の場合は、手のひらが入った瞬間に水をすぐに掴んでいるように見えます。身体が浮きさえすれば、スピードは出やすいと思います」と分析。
中村は、掌が水中に入ると同時に水をキャッチし、そのまま浅いところをスピーディーに掻いて進んでゆくのである。
水を掻く掌の向きに着目すると、平井コーチはこう説明した。「手のひらがプールのそこを向いている感じだったんだけど、中村礼子のほうは下を向いている瞬間がない、それから手のひらが進行方向(後方)を向いている時間が長いと思います」。
矢ヶ崎選手の場合は、手が水に入るとまずプールの底を押すような動きを見せ、それから後方へ押しはじめて前に進む。しかし、中村は入水の瞬間に既に掌を後方へ向けているため、すぐに水を捉えて前進してゆく。水を後方へ押している時間が長いため、中村はひと掻きでより遠くへと進んでゆくのである。さらに、中村のフォームの中には、優れたテクニックが隠れているという。
1秒間に1000コマ撮影できる超高速度カメラの映像で読み解いてみよう。
ふたりの上げる水しぶきの大きさを見比べてみると、中村の方が、水しぶきが断然小さい。水しぶきが上がらないということは、それだけ水の抵抗を受けていないと言うことである。これが中村のストーロークのテクニック。水を掻く技術が、格段に優れている! 一方、矢ヶ崎選手のストローク。違いが判るだろうか?
「手が入ったときの水しぶきとかが違う」と平井コーチは言う。スーパースロー映像でみると、矢ヶ崎選手は、水から腕を上げるときにそのまま持ち上げてしまうので、腕に水がまとわりついてくる。一方の中村は、まず肩から腕を引き抜くように上げるので、水しぶきがほとんど立たない。しぶきを立てないストロークのコツは、肩を動かす方法の中にありそうだ……。
「練習の中ではローテーションと言うか、(もう片方の肩が)水に入るときにスムーズにうまく肩が上げられるようにしています」と中村は言う。
平井コーチは「肩の動きだけでいうと、片方の肩が上がるとき同時にもう片方の肩が水に入るように肩がこのように右肩が下がって左肩が上がるように(ローリングして)動けばいいんですけど、入水したときに肩のラインがまっすぐ、それから深く入っていく、今度は反対側の肩が入ったときまっすぐになる、といった(肩の一連の流れを止めてしまうような)動きだと抵抗を作りやすいのかな、と思います」と分析する。
中村は、肩をスムーズにローリングさせながらストロークを行うことで、体が進む時に生じる水の抵抗を巧みにかわしていたのである。そして、この水の抵抗を受けにくい泳ぎ方が、スタミナを温存させ中村の持ち味であるレース後半の勝負強さを支えている。
平井コーチはこう言う。「水泳は推進力を増すことと、抵抗をなるべく減らすことが大事。推進力が増すとそれだけ抵抗が増えるけれど、身体が浮くことで抵抗を減らすことが出来る。タイミングよく水しぶきが上がらない泳ぎのほうが、抵抗が少ないですね」。さらに中村には、レースを有利に展開する驚異的なテクニックがあった!
アテネオリンピックの銅メダリストとして国際舞台に颯爽と登場。以来、目覚ましい活躍をみせている、競泳女子背泳ぎ選手、中村礼子。
今シーズン、50メートル・100メートル・200メートル背泳ぎの日本記録をなんと5回も更新してみせた。水の抵抗を受けにくいフォームとスタミナを生かした持久力を武器にしている中村が、現在平井コーチと共に取り組んでいるのが、スピードの強化である。
特に磨きが掛かっているのが、スタートの技術。中村は、この4年間でスタート15メートルのラップタイムが、およそ0・8秒も速くなった。
背泳ぎのスタートは、最初の15メートルが勝負の重要なポイントとなる。水中を高速で進むことが出来るバサロ泳法は15メートル以内と規定されている。この間をどのくらいのスピードで進めるかがレースを有利に展開できるかどうかの鍵なのである。
進化した中村の“スタート技術”を検証してみよう。引き続き、矢ヶ崎選手に協力してもらった。
水面に浮上した段階で、およそ1・5メートルもの差がついた。この違いはどこで生じたのだろうか? まずは、飛び込みの局面から。構えの高さに注目。中村の方が、頭ひとつ分高い位置で構えている。
スーパースロー映像が、そのテクニックの違いを捉えていた。中村の構えは位置が高く。その分だけ水面から高い位置を飛んで、体が真っ直ぐ水中へと入ってゆく。
平井コーチは2人のフォームについてこう分析する。「足が腰から下が空中に飛んで中村礼子のほうが水に引きずられないで下半身が一回水から出て、再度入水している。矢ヶ崎さんは身体が倒れて水面に下半身を引きずるような姿勢になっている」。
矢ヶ崎選手の場合、構える位置が低いので、飛び込んだとき下半身が水中にあり、水を引きずって大きなしぶきを立てながら潜ってゆく。一方、中村は水をほとんど引きずらず、飛び込んだ一点から水中に入ってゆく。さらに、入水する角度に注目してほしい。
水面に対して大きな角度で水に入ってゆく中村は、体を真っ直ぐに保ちながらプールの底に向かって、突き刺さってゆくように進む。
平井コーチはそれをこう説明する。「頭が下で斜めにまっすぐの姿勢で水に入っていくか、フラットに近い状態で水に入るかでバサロキックの深さと向きが変わるんですよね。ちょっと下向きに潜って上がっていくとスピードが出る。バサロキックをしながら潜っていかなきゃいけない場合だとスピードが遅くなってしまう」。
中村は体を真っ直ぐにして水の抵抗をなくし、飛び込みの勢いだけでプールの底に達している。水中で打つキックは、全て推進力のために使っているので、さらにスピードが増す。
「結局、バサロキックで加速していくのではなくて、飛び込んだ後のスピードを出来るだけ長く、泳ぎの速度が落ちていくので、落ちないよう、それをバサロキックでスピードを維持している訳です。水は空気よりも抵抗が大きいので、なるべく幅を狭く早くバサロキックをしないとトップスピードは出ない」と平井コーチ。
矢ヶ崎選手は、スタートの勢いを補おうと体を強く大きくうねらせてキックするため、水の抵抗を受けてしまう。しかし中村は、飛び込みで既にスピードがついているので、下半身だけを使って速く細かいキックで進んでゆく。
飛び込みの『高さ』、入水時の『姿勢』、そして、水中での『キック』の技術が、中村のスタートの速度を増した。さらに、スピード強化のために、中村はあるトレーニング法も取り入れている。それは神経系を鍛えるスピードトレーニング。体をゴムのロープで引っ張ってもらって、いつもより速く泳ぐ。スピードの感覚を体に覚えさせ、同時に筋力アップも図っている世界の強豪を相手に持ち前の持久力を生かしたレース後半での勝負強さは、現在もますます進化を続けている。
水の抵抗が少ない高いレベルのフォーム、推進力を生み出すストロークのテクニック、そして改良されたスピーディーなスタート技術、それが女子背泳ぎの新しい女王=中村礼子の底力。
第二章・序章
プールを離れたオリンピックメダリスト=中村礼子は、ほっそりとしたごく普通の女性に見える。
「一応何でも食べるようにしている。お肉は好きなんですが、疲れてくると食べられなくなるので食べられるときに食べる感じです」と言う。一方、一緒に食事をしている村松さんは、「礼子は普通のトップアスリートには、ぱっと見、見えないと思うんです。でも、内なるシーンは頑固者だと思います。見た目をいい目で裏切るみたいな(笑)」と中村についてそう語った。
中村も自分自身のことを、「自分でも疲れるくらい頑固」だという。
中村礼子が水泳をはじめたのは、3歳の時だった。1年生になると競泳コースに進み、一番性に合っていたのが『背泳ぎ』だったという。
「ジュニアオリンピックという全国大会があるんですが、それに出場できるようになった頃から、目標が出来て、それに向かって毎日頑張れるようになりました」。中村は当時をこう語った。
ジュニアの時代からメキメキと才能を発揮したが、ニッポン女子背泳ぎは激戦区。活躍の場はなかなか巡って来なかった。19歳の時、はじめて日本代表になって世界選手権に出場したが、結果は準決勝敗退。翌年の世界大会でも、やはり準決勝敗退だった。
「一回も決勝に残れなくて、全部準決勝敗退で次こそはと臨んだ大会がバルセロナ五輪でした」。
3度目の正直で臨んだ世界大会も、準決勝で敗れた。
「やっぱり自分は水泳に向いていないのかな、と思ってやっぱり水泳やめようかな、と考えたのがきっかけで、環境を変えようと決心した。自分自身を変えなきゃいけないんだな、と思って」。
中村は、思い切ってそれまで所属していたクラブを離れ、同い年の北島康介を指導していた平井伯昌コーチに入門を志願した。
「一見、北島(康介)選手がいるから見てもらいたいんだな、と思われるんですけど、北島選手がいるからではなくて、平井先生に見てもらいたいという気持ちでコーチをお願いしました」。
平井コーチとは、日本代表の合宿などで良く顔を合わせていた。勝負に勝ち残れない自分の線の細さを鍛え直してくれるのは、平井コーチしか居ない……。
「最初は断ったんですよ。僕には北島康介がいて、アテネで金メダルを二つ狙わなくてはならないので、今から他の選手を見る余裕はないと断ったんです」と当時を平井コーチはそう振り返る。一方、中村は、「ちゃんと考えなさいといわれて、私はやっぱり見てもらいたいと思って、もう一回連絡をして、一応その場ではOKを頂いたんですが、一つ条件があって……。『オリンピック出場獲得が最低条件だぞ』と言われ、『はい』と答えました」と振り駆る。
オリンピック代表選考を兼ねた日本選手権までは、半年しかない。この時期の移籍は異例だった。平井コーチは、この短い期間の中で中村の持ち味である後半の強さを生かすためにより抵抗の少ないスイミングフォームを磨きあげ、スピード練習とスタートとターンの改良を指示した。
中村は必死に平井コーチの指導についていった。なにがなんでもオリンピックの出場権を掴んでみせる! 無我夢中だった。そして迎えた、日本選手権。
中村は、これまでに見せたことがなかったほど強い意志で勝負に挑み、見事に100メートル・200メートル共に優勝。アテネへの切符を手にして、平井コーチとの約束を果たした。
これまでずっと準決勝で負け続けていた世界の大舞台。中村は生まれて初めて国際大会の決勝に進出。世界の頂点を目指して、決戦に挑んだ。
「初めての決勝の舞台だったんですけど、あとあと自分にとって始めての舞台だったんだなと思えるくらいだった。やはり目標設定が違っていたのが大きかったと思います」。
中村礼子は、いつの間にか、ひと回りスケールの大きな選手になっていた……。
当時の大会での気持ちを「今みたいに、ものすごく早く前半から入る選手がいなかったので、とにかく冷静に前半はいこうと。接戦だったので、自分がどのくらいの順位か分からなかったです。150メートル泳いでターンした後の最後50メートルが勝負だと思いました」と中村。そして続けてこう言った。「初めて出した日本記録だったんですけど、結果も嬉しかったですけど、これまで水泳をやってきて記録が出せたことが何とも言えないくらいに嬉しかった。すぐに感じたのは、まだ上には上がいるんだな、ということです。また頑張ろうという気持ちにさせてくれた大会だった気がします」。
それまでは、いまひとつ目立たなかった選手が、オリンピックという世界最高峰の舞台から飛翔した。新生・中村礼子の序章。
第三章・進化
今年だけでも、一人で日本記録を5度も更新。中村礼子の快進撃は留まることを知らない。今年3月に開催されたメルボルン世界選手権で100メートル・200メートル共に日本新記録で銅メダルを獲得。それから10日も経たないうちに、日本選手権で50メートルと100メートルの日本記録を更新した。
中村は、出場する種目のすべてで日本記録を書き換えてしまうニッポンのトップスイマーへと登りつめた。
「正直、ここまで記録が一気に伸びるとは思わなかったので、泳いで、記録を出すことによって前のタイムは自分で納得して吸収できる気がしたので、逆に勇気をもらいました。記録をみてもっと記録が出そうだし、もっと記録を出したいという気持ちが強くなりました」と中村。
今年7月。中村は、8月の国際大会に向けて特訓をはじめていた。隣を泳いでいるのは、平泳ぎの北島康介。お互いに刺激をし合う理想的な環境である。そして、シーズン中にもかかわらず、中村は筋力トレーニングを続けていた。
来年の北京オリンピックを見据えて、肉体改造を試みている最中である。スピードアップのために強靱な筋力をつけてゆく……。
重点課題は、体幹と腹筋の強化。記録を次々に塗りかえている今シーズンは、特にトレーニングの成果が現れているという。
中村のケアを担当しているトレーナーの加藤さんに尋ねた。
「筋肉のつき方が以前と比べて全然変わっていますね。すごく細かったですから、よく泳げるな、と思っていましたね。海外の選手は何でこんな小さい人が泳げるんだ? って思うんじゃないですかね。(筋肉は)腰周り、お尻回り、肩周りとかに筋肉が発達してきていますね」と加藤さん。一方、「筋肉の使い方と自分の感覚が昔と比べると一致するようになったから、今の記録に繋がっているのかな、と思います」と中村。
大きな筋力を身につけると同時に、中村は平井コーチの指導で新しい泳法の開発に取り組んでいる。極力キックを使わず、腕の力を中心にした泳ぎ方だという。200メートル背泳ぎの前半を主に手の力で泳いでゆく。この新しい泳法のメリットとは?
「ワンストローク増えるくらい手を中心に泳いで、足を軽く蹴っている。手が中心だからエネルギー的には消費が少ない。問題はスピードが出るか。とくに200メートルの前半まではなるべくエネルギーを使わないで手を中心に泳いで、後半キックを使って泳げばもっと記録が縮まるかなと思うんですけど」。
レース前半、足の大きな筋肉を使わないことでスタミナを温存し、中村の持ち味であるラスト50メートルでパワーを発揮させる狙いである……。
「今の泳ぎ方のほうが、今のところ、キックしたときと比べると息は上がらないです」と中村は言う。模索を重ねながら、日本記録の先に控えている、世界との戦い方を創り上げてゆく。
8月、中村は新しい泳法で国際大会に臨んだ。結果は100メートルで銀メダル、200メートルでは銅メダルを獲得。未完成の新泳法には、まだ課題があった。しかし、中村は頂点への階段を上がりながら貴重な実感を積み重ねている。
「今までは金メダル金メダルって言ってましたけど、本当に簡単に金メダルを取るとは言えないな、と思います。国際大会に立てば立つほどその大変さが分かるので、でもやっぱり目標は、一番上を目指したい、という気持ちはあるので、しっかりと一番上に立つまでには何が必要かを考えていきたい、と思います」と中村は、神妙な面持ちでこう言った。
世界の頂上へと泳ぎ着くまで、中村礼子は進化しつづける。
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